2012年02月16日

ちいちいぱっぱ

実は地井武男に憧れている。
ハンチングを被り、散歩をしているちいさんに。

平日朝のワイドショーを過ぎた時間。
なんとも言い様のない狭間の時間。
仕事をしているので基本的にテレビを見ない時間。
そんな時に、ちいさんは散歩をしている。
正確には散歩している映像を流している訳だが・・・。

昨今、テレビ離れが危惧されている。
わたしも離れつつあるひとり。
番組を宣伝する番組や、
もはや驚く気も起きないお店の裏側見せます的宣伝番組、
正直観てて疲れる。
押し売り過ぎやしないかと思う。

そんななか、ちい散歩は
必要最小限の3〜4人程度のスタッフ、
ほぼ打ち合わせ皆無の状態で、
只々散歩しているだけの映像。
いい意味で画面から訴えるものがない。
見てて安心できる。
いっときは録画してまで観ていた。
もっとも番組の後半は通販コーナーであるが、別物と解している。

そんなちいさんが半月ほど前に
目が見えなくなったとかで休養との報道を見た。

知った後、気掛りだった。
目が見えないって散歩はどうするんだ。
別番組の滝口順平亡きナレーションしかり、
やっぱりちいさんじゃないとダメなんだと。

ようやく続報が伝えられたが心臓疾患とのことで、
しばらく休養は続くらしい。


テレ朝さん、
お店の裏側見せます的宣伝番組を盛り上げた責任として、
ちい散歩のような番組はやめないでね。

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2012年01月14日

テレビは叩いて直せ

 NHK大河ドラマ「平清盛」の初回(8日)の視聴率が歴代ワースト3位となり、舞台になった兵庫県の井戸敏三知事は10日の記者会見で、「まず画面が汚い。(視聴者が)チャンネルを回す気にならないのでは」と述べ、近くNHKに内容の改善を申し入れる方針を明らかにした。

 井戸知事は「うちのテレビの色がおかしくなったのかなと思うような画面だった。プロデューサーの意図かもしれないが、もっと華やかで生き生きとした清盛らしさを強調してほしい」と酷評。「ドラマの人気が出るか出ないかで観光も影響を受ける。タイアップしながら観光客誘致を進めたいと考えていたので、これからの展開に期待したい」と話した。

 一方、NHK広報部は「最近のテレビ映像は格段に進歩し、リアルさを追求する時代表現を目指している。清盛の成長に合わせて映像表現も変わっていくので、楽しみにしてもらいたい」とコメントした。
(毎日新聞)


このニュース、気になってたんだけど、
肝心な放送を観てなかったもので・・・。

今日、再放送を観た。
いいんじゃないか、雰囲気が出てて。
NHK広報部がいう「リアルさの追求」は納得だ。
本放送は裏番組のはじめてのおつかいに負けて、
見逃してしまったが続けて観てみようかなと思った。

で、この知事の発言。
「汚い画面」とは口が悪くも面白い。
実は、こんな発言で注目を集めようという
意図ではないのかとの見方が有力だ。

もし本気ならば、そういう演出・映像技術を理解できないのか、
本当にテレビが壊れているのだろう。
前者の場合、かなりの重症とみられ、
「七人の侍」や「ローマの休日」も
なぜカラーにしないのかと言い出すに違いない。
後者の場合は、やはりテレビの右側面を叩くのだろうか。
だが、ブラウン管テレビが消えつつある今日。
これからは液晶テレビのどこを叩けば直るのだろう。

「テレビは叩いて直せ」はもはや死語なんだな。

posted by しのいち at 23:14| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画、本、テレビのオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月15日

ヅラ刑事

誰か見てないかな。
ヅラ刑事。
現在、フジで放映中。

「いかレスラー」で度肝を抜かされた河島実監督の作品。
その映画の2時間ドラマ版。

くだらない。
くだらなさ過ぎる。
posted by しのいち at 01:35| 東京 ☀| Comment(5) | TrackBack(1) | 映画、本、テレビのオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月26日

NHKのいいところ

政治家の事務所経費やら
年金問題やら
豚肉を牛肉といってみたり、鳥肉を牛肉といってみたり、パンを混ぜてみたり・・・

しばらく前には、NHKが問題だった。
NHKなんて無くなっちゃえばいいのに。
そんな声が聞かれるぐらい。
わたしもおおかたその意見に乗る。
でも、そんなNHKにもいいところがある。

それは
どんな試合展開でもゲームセットまで続ける野球中継と
サラリーマンNEO。

以前にこのブログでも書いたが、そうなのだ。

今日のサラリーマンNEO。
なんと内村光良が出ていた。
番組の作家内村宏幸はいとこ、
入江雅人は学生時代から劇団繋がり(確か)、
なんてところからの出演だと思う。

もともと、トークよりもコントで役になりきるところに定評がある。
今日、ほとんどのコントにからむ。
サラリーマンNEO独特のジワリジワリと笑えるシュールさにとても合う。

この番組、大河や朝ドラ同様に再放送をするので、
観てなかった方はその時に観てみて。










posted by しのいち at 23:52| 東京 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画、本、テレビのオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月21日

主人公は僕だった

昨日の夕方、中途半端な時間ができた。

場所は新宿。
別に映画を観る予定ではなかった。
でもボーリングやらビリヤードやら体を動かすのは疲れる。
カラオケは根本的に好きではない。
そうすると、消去法で映画を観る。

決して仕方なしに映画を観ようというのではない。
中途半端な時間ができること、
こういうことは多々あって、
実はこういうタイミングで観る映画が当たりだったりする。
あくまで、わたしの経験に基づくと。

そうと決まったら、
どの映画を観るかだ。
まったく予定にはなかったので、
どの映画が上映されているのか、いまいちわからない。
ここで、昔だったらチケットぴあ、チケットセゾンのお出ましだが、
今では俗に言うプレイガイドを見かけなくなった。
やむなく、コンビニでぴあを立ち読み。

大きな映画館では
「スパイダーマン3」「ゲゲゲの鬼太郎」「ロッキー・ザ・ファイナル」・・・
どうでもいいや。

単館系に目を落としていくと、
確かピーコで良いと言ったとか言わなかったとか、
曖昧な記憶を元にこの映画にたどり着いた。

長い前置きだ。

簡単なストーリーを言ってしまうと、
某ミステリー作家が書き上げている最中の小説の中で
主人公の人生が進行していると気づく。
その作家の作風はどの小説も必ず主人公が最後には死ぬ。
それを知った主人公の結末はいかに。
というものである。
正直大したストーリーとは言い難い。

でもこの映画の面白いところは
一見普通のナレーションと思いきや、
それが小説の内容であり、
主人公のウィル・フェレルがそのナレーションに突っ込むところ。
そして、エマ・トンプソンやダスティ・ホフマンが脇を固め、
ちょっとイカれた演技がいい。

ストーリーそのものは平凡な結末に向かっていくものの、
ちょっといいんじゃないのと思わせるこの映画。
1,800円で損はしない作品じゃないかなあ。




posted by しのいち at 23:55| 東京 ☀| Comment(7) | TrackBack(0) | 映画、本、テレビのオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月12日

本屋の雰囲気作り

今日は午後から休みを取った。

休みは嬉しいものだが
平日の真昼間、
特にすることを前もって決めていないと
手持ち無沙汰になる。

でも、春のうららかな午後。
薄日が差して暑くも寒くもない頃合。
ここ数日、夕立のように
ゲリラ的な予想外の雨が続いていたが、
朝の天気予報では、今日は無いと太鼓判を押していた。

そんな春のうららかな午後は読書日和である。
そうだ、喫茶店でのんびりと読書をしよう。

実のところ、
冬の寒々とした午後にも、夏の青々とした午後にも、
秋のすがすがしい午後にも読書日和は介在する。
要は読書をしたい気分になれるかどうか、
結局のところはただそれだけである。

荻窪に帰ったわたしは駅を出ると、
すぐさま、ブックオフへ直行する。
最近、セコイわたしは本のキャッチ&リリースを心がける。
安価で本を買って、なおかつそれを売る。
ブックオフはそんなキャッチ&リリースには欠かせない。

店に入り、うららかな午後を共に過ごす相方を探す。
どの相方にするのか決めていない。
あまり作家を知らない、
正確にはどの作家がどんな作風をしているのか、
知らないわたしとしては
時間のある今日はゆっくりと新規開拓をしてみたいものである。

しかし、新規開拓は結構難しいもの。
本の帯や裏表紙に書かれた数行のコメントから
判断するだけでは不足だ。
ということで、立ち読みが必要になる。
決してタダ読みではない。
本気で買うことを前提とした立ち読み。

なんとなくの勘からいくつかの本を取り出して
ペラ読みをする。
わたしの相方に相応しいかどうか、
丹念を要する作業だ。
集中力がみなぎる。

すると、何か耳障りなものが聞こえてくる。

そばにいた店員だ。
商品補充を行うその店員は、
中腰になったまま、視線は本棚のまま、
「セールしてます」
「お売りください」
と声をあげている。
相方探しの手を休めると、
その声はそばにいた店員だけではないことに気付く。
店のあちらこちらからまばらなタイミングで
同じような声が聞こえている。
そんな不旋律な店員の声はどこが基点なのか。

答えは頭上にあった。

店内放送である。
ブックオフでは盛んに店内放送が流れる。
「ただいまDVDのセールをしています」
「要らない本があったら是非お売りください」
店員の9割以上はアルバイトであろう。
途中で詰まったり、噛んだセリフが流れている。
不旋律の店員のセリフはこの店内放送に続いて、
呼応しているのだ。

ある意味では、この呼応は店内を活気づかせている。
だが、店員達の呼応が一生懸命であればあるほど
異様なものに思える。
なんというか、毎朝社訓や売り上げ目標を連呼させる
イケイケの会社のようだ。
まるで図書館のようなジュンク堂の対極にある。

この異様な雰囲気のなかでは、
じっくり相方探しが出来そうに無い。
仕方なく、わたしの知っている数少ない作家レパートリーから
今日の相方は探した。

ブックオフのこうした雰囲気、
決して悪くは無いんだけど、
時と場合。

だから、ブックオフの隣に本屋があっても潰れないんだね。
(地元ネタでごめんなさい)




posted by しのいち at 23:59| 東京 ☀| Comment(7) | TrackBack(0) | 映画、本、テレビのオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月21日

アフターダーク

久々に村上春樹の新しい本を読んでいる。
何度も「ねじまき鳥クロニクル」ばかり
読んでいるわけにもいかない。
しかも1巻ばかりを。

そして、本屋で見つけたのが、
この「アフターダーク」。
といっても発刊されているのは2004年。
いかに本屋で品定めをするわたしの目が節穴であるのか、
よくわかる。

で、こんなこと書いておいて言うのもなんだが、
まだ読み終わっていない。
なので内容に触れず、コメントくれる方にはネタバレ禁止をお願い。
(前にもこんなことがあったような・・・)

序盤から相変わらず、癖のある登場人物ばかり、
無駄に濃い描写。
大きなストーリー展開もなく、
今読んでいるのが残り2割って辺り。
今回も映画化が難しそうな作品だなあと読んでいく。

途中あることに気づいた。

登場人物が携帯電話を使っている。
別になんてことのないようにも思えるが、
村上春樹の小説に携帯電話が出来てきたのは初めてだ。
普段、色濃い時代背景を描いている作家ではないが、
どうしても70〜80年代を書いたピンボール三部作が思い出される。
むろん、そこには携帯電話は登場しない。
携帯電話が当たり前の世の中になっているのに、
村上春樹の小説の中では違和感に感じる。
基本的に「デジタル物」は似合わない。

そう思いつつ、勝手な先入観の下、今も読んでいる。


posted by しのいち at 01:29| 東京 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | 映画、本、テレビのオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月24日

歴史は繰り返す

またしてもやってしまった。

既に持っている同じ本を買うという愚行。

帰り道、ブックオフに寄り、本を手に取る。
まだ、これからならばコーヒー飲みながら
2時間は読める時間。

どれにするか迷った挙句、一冊を選んだ。
そして、ベローチェに入る。
コーヒーを持って席に座る。
タバコを取り出し、コーヒーカップの隣に置く。
読書の体勢が整った。

選んだ本は、石田衣良「スローグッドバイ」。
短編集である。
「池袋ウエストゲートパーク」に代表される作家だが、
スッと入り込みやすい内容と
小気味いい言い回しがちょっと気に入っている。

さて、一息ついて表紙をめくる。
ところが、この読書、
わずか5分で終了。

なぜならば、読んだ事があることに気づいたからだ。
それも割と最近であることに気づいたから。

ブックオフで選んでいる最中
試しに中身をチェックしたはずだったのだが。
まったく節穴の選球眼だ。

ということで、続きを読むならば、家で眠っている本にしよう。

今日、ブックオフで買った「スローグッドバイ」。
明日ブックオフに下取りしてもらうといくらになるのか。
こんな事情に関係なく、普通の下取り価格だろうなあ。
posted by しのいち at 22:39| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 映画、本、テレビのオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月05日

やるよ!カノッサの屈辱

知る人ぞ知るかつての深夜番組。

逆に、この番組を知っているということは、
ある程度年齢が読めてしまう。

今から15年ほど前、フジテレビの深夜番組が
とにかくおもしろかった時代にこの番組があった。

身近なものを取り上げて、
その歴史を勝手に実際の歴史にパロってしまう。
たとえば、インスタントラーメン、ホテル、チョコレートなどを
ヨーロッパの中世や戦国時代などに。
30分間、淡々と大真面目に進めていく。
一見、NHK教育ではないかと思ってしまうぐらいのクオリティの高さ。

そして、この番組で唯一出てくる人物、
講義と称して番組を進めていく仲谷昇教授。
クスリともせず、リアルに教授に見えるから面白い。

わたしは、この番組をまだ静岡で高校生だったころ、
ビデオに録っては何度も見てた。
親に捨てられていなければ、まだテープは残っているはずである。

そんな「カノッサの屈辱」が終わって15年。
昨年、教授だった仲谷昇が亡くなった。
役のうえでなくて、リアルに亡くなった。

しかし、今晩この「カノッサの屈辱」が復活するらしい。
25時過ぎから。
テーマは携帯電話。
教授役は伊武雅刀。

「カノッサの屈辱」を見てた人も、初めて知った人もぜひ見てほしい。
このシュールな下らなさが面白いかどうか。
posted by しのいち at 23:44| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画、本、テレビのオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月27日

地下鉄に乗って

封切されていい加減経つから、
ネタバレしても影響ないのかな。
いや、極力伏せておこう。

以前から気になっていたこの映画。
やっと観に行った。

今月いっぱいでたいていの映画館では
上映終了とあって、館内は人もまばら。

内容はどうだったか。

まずは鉄道好きからの視点。
まさに東京メトロ強力協力による映画だった。
昔の丸の内線、銀座線の車両のリアルさ。
駅構内での撮影は、
覚えているところで、神田、赤坂見附、永田町、御茶ノ水、新中野。
地下鉄中心に観る事も出来そうだ。

肝心なストーリー、映像はどうか。

まず、昔のシーンをリアルに再現したという点で、
ちょうど一年前に上映されていた「三丁目の夕日」と
クロスさせてしまう。
東京オリンピックの年という設定での新中野・鍋屋横丁。
冒頭のシーンでは、あまりの臨場感に
ストーリーと関係なく、当時を知らないはずの懐かしさに泣けそうになる。

ストーリーは、縁を切るほど嫌いだった父親(大沢たかお)の生きてきた時代に
無意識に息子(堤真一)、愛人(岡本綾)がトリップしてしまう訳だが、
そのトリップは現在と昔をたびたび行き来するため、
泣ける押しの一歩手前の状態が繰り返される。
そこでは正直、物足りなさを感じる。
だが、嫌いだった父親の過去に触れることで
息子がそんな父親を見直していく、
ハートウォーミングな話かと思いきや、
終盤えっ?と思える展開を見せる。
(それ以上は伏せておく)
そこで、通して展開されたストーリーにまとまりを感じた。
そして泣いてしまった。

だが、それは「三丁目の夕日」とはまったく違う類の涙だった。

原作を知らず、
強い思い込みで観ると意外にやけどする。
「三丁目の夕日」のように万人には受けないかもしれないが、
記憶に残る映画。


終始、あいまいな言い回しですいません。
私自身もあいまいな人間なので。

posted by しのいち at 00:37| 東京 🌁| Comment(8) | TrackBack(0) | 映画、本、テレビのオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月14日

これはホントに失礼な動画

最近、投稿による動画サイト「You Tube」にはまっている。

見ている人も多いだろうが、
非常にレアな映像を見ることが出来て、
とても興味深い。

巷では著作権の問題、
放送コードに引っかかるような映像が簡単に投稿されてしまうなど、
倫理的に問題も多い。

伊東美咲の水着姿が大胆すぎて
お蔵入りになったというCMを
映像を見たときには、
そのCM後、ホラー映像が挿入されていた。
下手な下心ですきを見せると痛い目に遭う。

それでも、貴重な映像を見ることが出来たときには、
まさに涙モノである。

そんななかで見つけた、とても下らないテレビ映像。
意図的に作ったわけではない、
生の映像だっていうから、なお笑える。

失礼な地震速報

posted by しのいち at 23:47| 東京 ☀| Comment(5) | TrackBack(0) | 映画、本、テレビのオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月08日

移すわけにはいかないテレビ

日記といいつつ、数日前のハナシ。

地デジの訪れはわたしの部屋までも襲う。

わたしが住む共同住宅にケーブルが導入された。
ケーブルを使うのは、決してテレビだけではない。
インターネットだって、電話だってそうだ。
別に地デジ対応としてではなくても、多チャンネルにはなる。
だが、大家さんがこの前、
「地デジはすごいらしいね」
と連呼していたから、その影響に間違いない。

ケーブルが導入されるにあたっては、
住人が立会いのうえ、
ケーブルを室内に入れる工事が必要だった。

しかし、ここのところ、
休みも含めて昼間家にいないわたしの部屋だけが、
この工事がされずにいた。

先の三連休。
工事業者の訪問にあわせ、在宅し、
ようやくケーブルが室内に入ることとなった。

さて、その工事の最中のこと。
工事屋さんがベランダで作業していると、
もうひとり、同じケーブルテレビの会社の人間がやってきた。
同じ会社とはいえ、
工事屋さんがグレーの作業着を着ているのに対し、
後からやってきた人間は紺のブレザーを着ている。

結局のところ、ケーブル導入の工事のついでに
ケーブル加入の勧誘なのである。

分厚いカタログに記された数多の料金プランから
ハナシが相手ペースで展開される。
だが、ほとんど固定電話を使用せず、
ADSLでも不満のないわたしにはちっとも興味が湧かない。

すると、売り文句は本業であるテレビの方へ。
「ケーブルが部屋まで来てしまえば、簡単に見られるんですよ。」
と言って、わたしのテレビを見た瞬間、
ブレザー営業マンの顔は瞬時に凍り、次には険しいものとなった。

視線の先には、今流行りの大画面テレビの逆をいく、
まるで最小サイズに挑戦しているかのようなテレビが。

ブレザー営業マンはこう言った。
「このテレビでは接続のしようがありませんね。
新しいテレビまで待ちましょう。」
敗北宣言だった。

Image013.jpg

このテレビは昔、パナソニックが試験的に発売したテレビらしい。
正面からでは分からないが、奥行きは丸っこい筒。
どういうわけだが、リモコンにはスピーカーがついている。
おまけに画面のサイズは11インチ。
パソコンのモニターよりも小さい。
90年製のそのテレビはケーブルをも
接続しがたい造りだったようである。

実はこのテレビは亡くなったじいちゃんの形見。

神など信じず、無宗教なくせして、
じいちゃんはこのテレビを通じて見守っていてくれる、と思ってしまう。
それならば、テレビの電源を落とすわけにはいかない、
と使って15年。
まだまだ健在である。
2011年の地デジへの完全移行。
楽しみよりも、このテレビとどうやって付き合っていけるのか、
悩みの方が大きいわたしである。
posted by しのいち at 00:13| 東京 ☁| Comment(7) | TrackBack(0) | 映画、本、テレビのオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月05日

攻撃的な読書

秋晴れの一日。
世間は三連休の最終日とあって
街には沢山の人が出ている。

うららかな午後、
時計を見ると3時すぎ。

わたしとしては
久々に家でご飯でも作ってみようか、
その飯を食いながら日米野球でも観ようか、
そのためには食材を買って帰ろう、
などと考えていた。

一方でかばんには、
昨日借りたばかりの本が入っていた。
「読書の秋」とは言うものの、
最近本を読んでいない。
わたしはモノを読み書きするのは、喫茶店と決めている。
ちょっとお茶しながら読書してからでも
家でゆっくりできる。
そう考えて、暫し読書することにした。

本は東野圭吾の「手紙」。
ちょうど、今映画化されている作品である。

その後読書に熱中。

時計を見る。
すでに9時を回っていた。

恐ろしいことに、喫茶店に6時間いたことになる。

もちろん、日は陰り、
近くのスーパーは9時で閉店。
無論、日米野球はもう終わっている。

吸ったたばこは15本。
コーヒーはカウンターまで買いに行かず、
近くに来た店員に頼んで2杯おかわりした。
店員の優しさに感謝、と言うべきか、
わたしの粘る図々しさを後悔するべきか。

それにしても、たばことコーヒーと読書の相関関係。
自分でも驚くべき集中力を発揮する。

しかし、その代償もあって、
外の澄んだ空気を吸った途端、吐き気がした。

さて、読書はどうだったか。
実は、約400ページあるうち、残り50ページを残して、
読むのをやめた。
それはなぜか。
好物を最後に残して食べるわたしにとって、
今日一日でこの作品を読み切るのが惜しかったから。

ということで、「手紙」の内容には触れない。
と言うよりもネタバレのコメントはお断り。


posted by しのいち at 22:48| 東京 ☀| Comment(7) | TrackBack(0) | 映画、本、テレビのオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月22日

掘り出し物

なぜだろう。
やらなければいけないことがある時に
やらなくてもよいことに熱中してしまうのは。

今まで目をつぶっていた
部屋の汚さに耐えられなくなった。
(目なんかつぶらずにさっさと片付ければいいのだけど)
残念ながら31になってしまったことだし、
いい歳して〜的な焦りを覚え、
人として強制清掃をしないわけにはいかない。

どこから出てきたのかわからない原動力によって
重い腰があがった。

ハイペースで掃除を始め、
ここ一年は崩されていない山のような本棚に着手する。
基本的に20代前半に買った本ばかり。

母から教わった名言に
「掃除はモノを捨てること」がある。
そうだ、掃除とは字の如く、取り除かないといけない。

貧乏性のわたしは、モノを捨てることが苦手だ。
モノを捨てることが苦手というもおかしい。
モノを捨てることに邪念が入るのだ。
もったいない・・・
いつか役に立つ・・・
大切な思い出だから・・・
だからと言って、
埃を被ったまま、大切に扱うわけでもなく、
役立てる気も無く、
物覚えが悪いから、忘れてしまう。
だから、心を鬼にして、要らないものは捨てなければならないのだ。

そういう意味で、本の山は掃除するうえで
険しい峠だったりする。

文庫本、約200冊。
情を捨て、淡々と中身を確認し、作業した。

ミッション終了。
結果、20冊ほど、古本屋に持っていくべき本が出た。

だが、あることに気づいた。

わたしの持っている本は、作家に偏りがある。
村上春樹、乃南アサ、宮部みゆき、原田宗典・・・
は別にいいんのだが、
景山民夫、中島らも、ナンシー関、野沢尚・・・
ここ10年で皆亡くなっている。
ちょっと怖い。

そして、捨てることになった20冊のなかに、
ノルウエイの森(上巻)が2冊ある。
どういうことか。
簡単なハナシ、
同じ本を2冊買ってしまっているのだ。
いやちがう。
2冊捨てるということは、
3冊持っていたのだ。
読もうを思うたびに、買っていたのだろう。
そのほかにも、ねじまき鳥クロニクル(上巻)、
レベル7も2冊持っていた。

頭が悪すぎる。


思い出うんぬんの前に
記憶力をつけなければ、思い出は思い出せん。




posted by しのいち at 01:57| 東京 🌁| Comment(4) | TrackBack(4) | 映画、本、テレビのオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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