2012年01月13日

緊急地震速報

今さらそれがテーマ?

いやいや流行りや一過性のものではいかんのだ。

昨日の昼時、わたしは高田馬場のゴーゴーカレーで
チキンカツとロースカツが載った「復活カレー」を食べていた。
するとケータイが震え、聞いたことのない気持ち悪い音を発した。
近頃、スマートフォンに替えたばかりのわたしで、
鳴っているのを聞いたのは初めてだ。
わたしだけでなく、カウンター席の両側からも
振動音と気持ち悪い音が聞こえてくる。
もしやこれは・・・。

昨年の震災以降、テレビで緊急地震速報を何度なく聞いた。
とかく、私が住む千葉県北西部は
茨城県沖や千葉県東方沖が震源の場合、ほぼ揺れる。
騒々しくない中に不安を掻き立てる、
まさにふさわしい音だと他人事感では思える。
あれはNHKが独自で作った音らしい。

それとは違うが、ケータイからの音。
さあ、どうすればよいのか。
まだ揺れは来ない。
足元に置いたカバンを持つのか、席の背面にかけたコートを手に取るのか。
だが、チキンカツもロースカツもまだ半分以上残っている。
食券制なので食い逃げにはならないが、
このカレーは850円、まだまだ食いたい。

で、あたりを見回すと誰も動じていない。
みんな、もくもくとカレーを食べている。
依然揺れは来ない。
下の中ぐらいと自覚している小心さを曝け出すのはどうか。
結局、落ち着いたフリをしながら、完食して店を出た。

東京では緊急地震速報が流れたものの、震度2程度だったようだ。


鳴ってからできること、
周りを見回しながらカレーを食べること。
いいのかね、こんなんで。
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2012年01月11日

もしもこんなドトールがあったら

とあるドトール。
仕事で外出中に一服しようと寄る。

店内に入り、まずは席確保で飲み物を買おうとする。
これ、セルフサービスでの常套か。
空いている店内、特に思うところもなく、
適当な席にカバンを置こうとすると、
濃紺のジャケットを着たおじさんが声をかけてくる。
「おひとり様ですか。こちらへどうぞ。」
そのおじさんは、ウエイターと言うには
濃紺のジャケット以外の身なりはラフ過ぎるし、
御待ちして居りましたの姿勢は感じられない。

おそらく、このドトールはフランチャイズ店で、
このおじさんはオーナーなんだろう。

案内されるがまま、トイレの隣、
椅子が1つ置かれテーブルには「1人用」とシールが張られた席に座る。
いささか不満ではあるが、逆らうほどのことでもない。

すると、向かいに座る私と同年代であろう男性。
おじさんから席移動を強いられている。
その男性のテーブルには「2人用」のシール、椅子は2つある。
まあ、この店のルール違反ではあるが
周りは空いているのだからといわんばかりに不満そうである。
その男性の不満は払拭できなかったのか、間もなく帰った。

おじさんはわたしの前を忙しなく動いている、店内はガラガラなのに。
コーヒーを飲みながら、本でも読もうかと思ったが、
もうおじさんの動向だけしか気にならない。

目でおじさんを追っていると、
初老のお客さんだろうか、二言三言会話すると、
おじさんはトイレを何度か往復し、都度トイレのドアをノックする。
お客さんからは
「なかなかトイレが空かないんだけれど・・」
と言われたんだろうが、
結果、おじさんは、
「誠に申し訳ございません」
と大きな声で謝りだした。
初老のお客さんは丁重に接しつつ、帰っていった。

おそらく、トイレの個室でこもっている人は
かえって出られなくなっただろう。

ずっと観察してたわたしも一段落したと判断して帰った。
決してこのおじさんは悪くない。
だって一生懸命だし、オーナーだもの。
ただ、そんじょそこいらのドトールと思って入るとちと違うからご注意を。


ドリフの「もしも威勢のいい銭湯があったら」、
これは必見のコントだと思う。
全然ドトールと関係ないけどね。




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2012年01月05日

3年

思春期の3年間は長い。
荒れに荒れる者もいるが、人生の何かを見つける者もいる。
大病を患う3年間も長い。
余命3年をもし宣告されたとしても、そんなアバウトな宣告、
たぶんそのまま生き永らえるのでは・・・。
実家の犬は6歳から9歳になった。
中年から初老になった。

そんな3年間のブランク。
AOLブログはとっくに閉鎖されてしまったらしい。
そもそも3年ぶりに書いて、だれか読んでいるのだろうか。
まあよい、すすめる。

3年前、父が心筋梗塞で倒れた記事以来とは、随分なおはなしである。
当初、その記事の後が続かなかったため、
一部では「家庭の事情」で終えてしまったのではないか、と心配された。
だが、なんのことないはない、ただの怠慢で書かなかっただけだ。
父は若干影響を残しているものの、
相変わらず、口煩いじじいで健在だ。

いきなり再開も失礼ってものだ。
とりあえず、3年間をだいたいの時系列で、
だいだいの出来事をなんとなく書いてみる。

父が倒れた時、何気に失業中だった。
やることがなく、毎日図書館で片っ端から雑誌を読み漁っていたが、
そろそろ失業保険が切れるころ、転職した。
ある意味、ベテランの域の転職回数、特筆なし。

当時、ごみ屋敷と化していた部屋で、
ベット以外にいる場所がなく、
布団の中でビールとスナック菓子がブームに。
1年で約10キロの激太りを記録。
以降、その体型を奇しくも忠実に維持している。

10年住んだ荻窪から千葉県に引っ越す。
結婚をし、たまたま海外に親戚ができたが意思疎通が難しい。
片付けができないわたしはまるで家宅捜査かといわんばかりの段ボールを
新居に持ち込み、2年過ぎた今でも片付けができないでいる。

JR松戸駅のホームから転落する。
人様に多大なご迷惑をおかけし、
以来、外で飲む機会が激減する。
いや、誰も誘おうとしなくなった。

例の大震災が起こり、まんまと帰宅難民になった。
翌日帰宅すると、高い食器ばかりが割れ、安い食器ばかりが残った。
その後、原発から200キロ以上離れているくせに、
ホットスポットであることが判明。
わざわざ新潟で水用ポリ容器を買ったり、
しばらくマスクして外出してみたり、右往左往する。

子供が生まれた。
人生というか、軌跡というか、ちょっとまとまった感がした。



3年間を書いてみた。
さあ、これで3年間を総括し終えて、
またしのいちブログを再開するんだよ。
なんて、虫のよさでいいのかな。

いいんだよ、またどうせ無責任な更新の仕方なんだし。




posted by しのいち at 00:59| 東京 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月14日

チチタオレル

ちょうど1週間前。

急な出来事だった。

日曜日の夕方。
わたしのケータイに母から電話が入る。
元気にしているの?
ケータイのディスプレイを見ながら
そんな内容だろうと思いつつ電話に出ると、
母のトーンに神妙さを感じた。

「お父さんが心筋梗塞で倒れて運ばれたの。
今すぐに来て。」

「え?わかった。」
私はそれだけ答えた。
いや、急なことでそれだけしか言えなかった。
そうか、じゃあ今すぐに帰らなくては。
外にいたわたしはとにかく近くの駅から電車に飛び乗った。

イマイチ状況がピンとこない。
タオレタ?
シンキンコウソク?
言葉が変換されない。
今日が返却日のDVDを返してから帰ろうか。
着替えとか用意をしたほうがいいのか。
そんなことを最初に思った。

だが、電車の中で母の言葉が変換されていく。
「心筋梗塞で倒れた」
わたしの知っているところによれば、
心筋梗塞は脳にまわると半身不随や言語障害の可能性、
下手をすると死に至る、
そういう病気である。

おぼろげながら状況が見えてきた。
DVDや着替えなんてどうだっていい。
一秒でも早く帰らなくては。
父は意識があるのか、
話すことができるのか、
それとも何もできないのか。
病院にいる母のケータイにこちらからは繋がらない。

新幹線に乗ったものの、
一駅ごとに停車時間が長い各駅停車に腹が立つ。
ようやく、駅に着き、タクシーに乗る。
駅から駆け出してきた姿を見て
タクシーの運転手は尋常ではないスピードを出してくれた。
タクシーの中、母と連絡がついた。
集中治療室にいると言う。
どんな状況なのか。
病院に着き、すぐさま集中治療室へ。

すると、手術は終わったようで、
父には沢山の管が施されているものの、意識がある。
「お前、大丈夫だから東京に帰れ。」
といつもの父の調子。
「何言ってんだよ、この病人が。」
いつもの父でよかった。
思わず、それまで張り詰めていたものが一気に緩み、
ポロポロ泣いてしまった。
絶対安静だというのに、
暑いだの、起き上がりたいだのと
いつものうるさい父であった。

母の説明によれば、
119番通報も搬送も早かったのが
功を奏したらしい。
往々にして、こうした緊急時に
119番の前に家族や親族に助けを求めてしまう人が多いらしい。
割と冷静さを保つのが下手な母であるが、
よくぞ息子たちへの連絡を後回しにしてくれた。
母に感謝である。

1週間経ち、一般病棟に移った。
毎日、母と下らないことで喧嘩をしているらしい。
と、母は愚痴るのだが、
これもいつもの父と母。
とりあえず一安心である。

正月のニューイヤー駅伝や箱根駅伝、
その他諸々各種スポーツ、
来春も文句を言い合いながら、
観ることができそうだ。















posted by しのいち at 22:52| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月08日

もらいグマ

とあるニュース番組の特集である。

山間の小さな町がある。
人口数千人程度で町の主な産業は農業、
高齢化、過疎化が進んでいる。

そんな町が今にわかに活気付いている。

さきに行われるオリンピック、
とある国がこの小さな町でキャンプを張るという。


町中の所々には国旗が掲げられ、
駅前には「歓迎!」と書かれた横断幕。
食堂ではその国にちなんだ定食がバカ売れ。
歓迎ムード一色である。

だが、町役場の担当者はあまり顔が浮かない。
選手団からある要望をされていて、
それに頭を悩ませているのだという。

その要望とは「クマを集めること」
その国のスポーツ選手には「クマ」は欠かせないのだという。

町役場の担当者は、
すぐに町唯一のおもちゃ屋で
クマのぬいぐるみを買い占めた。
しかし、クマのぬいぐるみはわずかに5体。
選手団は100人近く。
とてもではないが足りない。
なんとしても、このキャンプは成功させなければならない。

そこで町はある手に出た。

町役場の職員が総出で一軒一軒家を訪問していく。
「押入れに眠っているクマはありませんか」
そう言われた住民たちは一様にキョトンとするものの、
それがオリンピックのキャンプのためだと説明されると、
記憶の限り、押入れや納屋を探し、
「クマ」を引っ張り出してきた。
もちろん、「クマ」を提供してくれた住民には
それ相応の対価を支払う。
町では「もらいグマ」に協力を呼びかける。

老人がインタビューに答える。
「そりゃあ、嬉しいですよ。
まさかあんなクマが役立つなんてね。
もう何十年押入れに眠ってたことか。
それにお小遣いももらえるし。」
住民の評判も上々である。

最後に町役場の担当者が締める。
「選手たちには頑張ってもらって、
メダルを取ったら、是非表彰台にクマを持って登ってほしいですね。」



むろん、この話はフィクションである。

が、わたしが実際に見た夢の内容。
一体何を考えているんだか。
わたしのあたま。






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2008年03月13日

拝む人

駅から我が家へ帰るルートはいくつかある。

100円の惣菜が50円引きで
たったの50円になってしまう
破格なショップ99の前を通るルート。

必ずと言っていいほど
バンドマンがレジを打っている
やっぱり無愛想なサンクスの前を通るルート。

元酒屋が意地を見せる
酒の種類が酒屋並みのスリーエイトの前を通るルート。

だがどのルートを選ぶかに
コンビニはあまり関係なく、
食事する店の位置から決める。

そして今日はたまたまスリーエイトの前を通るルートだった。

スリーエイトでビールを買い、
店を出て、帰り道の途中、
八幡神社の前を通る。

その八幡神社はそれほど大そうなものでもないけれど、
通りの名前は「八幡通り」と言うだけあって、
それなりの存在感を醸している。

夜12時前、
明かりは街灯だけ、人も疎ら。

そんな八幡神社の前で
じーっと手を合わせて拝んでいる女性がいる。
鉄門は閉ざされており、
中に入ることはできない。
その女性は持っていたであろう紙袋を下に置き、
路上で本堂に向かって拝んでいる。

仕事帰りのOLだろうか、
目を閉じて拝んでいるその姿は真剣そのもので
酔っ払った勢いやふざけているようには感じられない。
わたしもその姿をじっと見ているわけにはいかなかったが、
10秒ほどはそうしていただろうか。

すると、お願い事が終わったのか、
すっと目を開き、紙袋を持ち上げ、
何事もなかったかのように、
わたしとは反対方向へ颯爽と歩いていった。

その女性は深夜の神社参りを日課にしているのだろうか。
それとも今日はどうしてもお願いしたいことがあったのだろうか。

いずれにしても悪いことではない。
神社は初詣や祭りだけのためにあるのではない。
それ以外の日にも365日毎日そこには神社がある。
別になんでもない平日や深夜にだって
拝んではいけないなんてことはない。
と、思いながら家に着いたわたしは
明日は自分も拝んでみようかなと思ってみた。

posted by しのいち at 00:50| 東京 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月25日

ほったらかし

流しの下の奥のそこ。
母はせっせとかき混ぜる。
流しの下のヌカ床は
いつもおいしいヌカ漬けを食卓に提供してくれる。
それなのに母以外の家族は
そのヌカ床のことを気に留めない。
それどころか、臭いアレはなんだと言われる始末。
それでもヌカ床は毎日かき混ぜられる。
美味しいヌカ漬けのために。

しのいちのブログ。
昨日も今日も書かれない。
きっと明日も書かれない。
いいネタを仕入れたって書かない。

漬物はただ漬けとけば漬物になるわけではない。
常に良いコンディションにしとく必要がある。

いい文章。
それはコンスタンスに書いていないと生まれない。

しのいちブログ、今日はやってるよ。
posted by しのいち at 23:54| 東京 ☀| Comment(5) | TrackBack(0) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月23日

布を調える

調布。
わたしが大学時代2年間住んだ街である。
新宿まで15分、渋谷まで20分。
駅前にはなぜか八百屋がテナントに入るパルコがある。
少し足を伸ばせば多摩川がある。
夏の日にビールと本があれば、
草野球を眺めながら一日はいることができる。

わたしが調布を離れてからちょうど10年。
その後、仕事で行ったことはあったが
基本的には用のない街となってしまった。

日曜日、特に深い理由はないのだが、
雪が降るのでないかと言われるような寒さの中、
多摩動物公園に行った。
その帰り、メシにするために調布で京王線を降りた。
10年前と何が変わったのか、確かめたい気持ちもあった。

北口を降りて、最初に思ったのは、
当時友人が来ると必ずと言ってよいほど、
薦めていたラーメン屋「江川亭」が無くなっていた。
店が無くなっていた・・・建物そのものがなくなっていた。
そこには何もなかったかのように道路となっていた。
在りし頃、角煮ラーメンは絶品だった。

メシはよく行っていた居酒屋と決めていた。
何かがとても美味しい居酒屋。
でもその何かが思い出せない。
とりあえず記憶にある道を歩き、店にたどり着く。
ビールを飲みながら食べ物を注文する。
メニューには珍しいことにハヤシライスがある。
そこで思い出す。
美味しい何かはオムライスだった。
で、さらに後で思い出したのだが
そのオムライスにかかっているデミグラスソースが美味しい。
ついでに思い出したのは
そのオムライスを出してくれるのは
居酒屋と同じ系列の洋食屋。
その洋食屋はこの居酒屋の隣。
本当の目的地まではあと10歩足りなかった。

食後、布多天神に続く商店街を歩く。
10年前、毎日歩いた商店街。
この商店街には「ゲゲゲの鬼太郎」のオブジェが置かれている。
確か、水木しげるが調布在住のためである。
Image142.jpg
10年前にも鬼太郎のオブジェがあった。
心無い酔っ払いによってよく壊されてもいた。
当時に比べて立派になったように思える。
ここまで立派では壊そうにも恐れ入る。
ただ、見かけることができたのは鬼太郎だけ。
昔はぬりかべもねずみ男もネコむすめもいた。

その他、よく1杯のコーヒーで2時間粘ったドトール、
夜だけ中華料理を出す定食屋、
店は好きではないけれど担当が大好きだった美容室、
それぞれがまだあることを確認した。
いつまでも調布で思い出に耽っていても仕方ないので
いい加減に帰った。

少しでも住んでいたことのある場所はプチ故郷。
たまには帰省してみては。
posted by しのいち at 00:23| 東京 ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月10日

緑のコート

冬場は緑のコートを着ている。

スーツの上から着るコート。
7年前に買ったINEDのコート。
買った中野のマルイはもう今はない。
基本的に物持ちの悪いわたしには奇跡的である。
奇跡といっても
扱いが悪いわたしに耐えてきたコートがえらいのだ。
もともと緑のコートはプライベート向けに買ったのだが、
ちっともコーディネイトなんてものを考えずに買ったため、
どの服とも相性が合わず、
敢え無く「スーツの上に羽織る用」に転向した。

そんなコートを着て今日も仕事に行き、
そんなコートを着て家に帰る。
最近クリーニングに出していないので、
わたし同様にクタクタになっている。
カシミヤのコートとは言うのものの、
前を開けているとヒラヒラする。

1月の夜だというのにそれほど寒くないので
前を開けて夜道をトボトボ歩いている時のことだった。

ポケットに手を入れようとすると、
あまりにヒラヒラするものだから
手はコートの外側ではなく内側を這う。
内側なのにすっぽり手が入った。
ポケットは外側の左右に1つずつしかないはずなのに。

エッと思い、
街灯の下、コートの裏側を見る。
縦に切れ込みのような穴を見つけた。
それは左のポケットの真裏、
縫い目に沿って空いている。
割けたようにも見える穴。

ああ、ついにこのコートも寿命かと落ち込む。
ジッパーを閉めようとコートの右側を身に寄せる。
一応他に穴がないか裏地を確認する。
すると、右のポケットの真裏、
ちょうど左側と同じ箇所に
やはり同じような穴がある。

偶然左右に同じような穴が空いたのだろうか。
それは考えづらい。
なんのための穴なのかまったくわからないが
きっと最初から空いていたのだろう。
左右のわき腹にあたる場所。
どおりでお腹が冷えやすいのか。

緑のコートの命はまだ続く。
7年間も着ているくせに
何も分かろうとしない、知ろうとしない主の手によって。

がんばれ緑のコート。
posted by しのいち at 23:50| 東京 ☀| Comment(7) | TrackBack(0) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月09日

新年

1月10日にしてやっと新年のご挨拶。
誰も聞いてねえよ、と言われそうだ。
それもこれも大晦日にひいた風邪がいけない。
毎年、実家のコタツでテレビを見ながら過ごすのが
正月の恒例なのだが、
まさに字の如く寝正月となった。
とは言え、風邪で10日間も寝込んでいた訳ではなく、
新年早々の株価暴落でも箱根駅伝の棄権続出でもなく、
結局は怠惰なわたしの性格のせいなのだ。

新年を迎えた訳だから、
何か新たな誓いをと思ったが、
この歳になると新年に思う気持ちというものも薄れてしまい、
特に考えるところはない。
金はかけているのだろうが、
観てるだけで疲れてしまうテレビの正月特番と一緒、
まったく自分はつまらない人間だと思ってしまう。

ただ、ブログを始めて3年目になる今年は
もう少し更新をしていこうと思う。
最初のころのような切り口を増やして。

もちろん思っているだけなので
実際に更新が増えるかどうかはまた別の問題だけれども・・・。
posted by しのいち at 00:01| 東京 ☀| Comment(8) | TrackBack(0) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月21日

ふるさとは空に残る

合併で村がなくなっても「かみはやし」の名は永遠に残りますように――。そんな神林村民の思いが実現した。火星の外側を回る小惑星「12751番」に先月、「かみはやし」の名前がついた。神林村指合の天体写真家でイラストレーター、沼沢茂美さん(49)が小惑星を発見した友人に頼んで実現。19日、加藤全一村長に報告し、認定証を手渡した。
 国内外で多くのファンを持つ沼沢さん。来年4月に岩船5市町村が「村上市」として合併し、古里の名前がなくなることが決まってから、「自分で小惑星を発見し、神林と名付けたい」と思い続け、準備をしていた。小惑星の命名権は、発見者にあるからだ。
 しかし、多忙を極め、発見には至らなかった。そのことを天文仲間で北海道美幌町のアマチュア小惑星探索家、円舘金さんに話すと「ぜひ、私が発見した小惑星を」と応じてくれた。
 12751番は93年3月に発見されたが、先月24日、国際天文学連合が「Kamihayashi」(日本名かみはやし)を学術名として正式に認定した。公式解説文には「神林村は人口1万人で、日本の中央に位置する新潟県の北の村。山から海まで変化に富んだ地形で、基幹産業は米」と記された。
 「かみはやし」は直径数キロで、明るさは17・9等級と暗め。肉眼で見えないが、村立天体観測所の望遠鏡で撮影することができる。今の時期は乙女座の1等星スピカの近くにあり、明け方の南東の空に位置するという。
 沼沢さんは「『かみはやし』は空でずっと輝き続ける。子供たちに神林を忘れないでほしい」と願う。加藤村長は認定書を受け取り「閉村の、すばらしい記念だ」と喜んだ。
(毎日新聞)

これ、ちょっといいハナシ。

平成の大合併などと言われて、
全国の各地で聞いたことのない名前の都市が生まれた。
自称地理マニアのわたしだが、
そんな都市名を聞いても
どこにあるのかピンと来ないことが多々ある。
財政赤字の解消、行政サービスの効率化など
それなりの理由があって合併するわけだが、
単にめでたいだけのハナシではない。

何かを作るということは、
何かを失うことにつながる。
2つのものを1つにすれば、1つは消えてしまう。
田舎と田舎がくっついて都会が生まれるかもしれないが
田舎は消えてしまうのだ。

生まれ育った田舎の名前がなくなってしまう。
どれだけの人がその田舎の名を覚えていてくれるだろうか。
少なくともこれから生まれてくる子供たちは
その田舎を知らずに育つ。
そうしていくうちにその田舎のことは
誰の記憶からも消えてなくなる。
切ないハナシである。

「かみはやし」の名は永遠に残りますように。

村民のせめてもの願いが叶ってよかった。
肉眼で見ることのできない星ではあるけども、
空を見上げれば、「かみはやし」を思い出せる。
これならば、どこにいても田舎を思い出せる。

寒い冬空に心温まるハナシだなあと思うのは、
歳故の涙もろさか。
posted by しのいち at 00:43| 東京 ☀| Comment(5) | TrackBack(0) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月06日

回収バトルは夜から始まる

昨日、仕事から帰る途中でのこと。

仕事をあがったのが遅く、
地元の駅に着くと23時を越えていた。
駅から家までの間、
駅から遠ざかるに連れて人通りがなくなる。
10分も歩くと周囲には誰もいない。
荻窪は戸建住宅ばかりの住宅街。
狭い路地に聞こえてくるのは、コツコツという自分の靴の音と
遠くを走る環八のバイクのふかした音程度。
普段ならば、酔っ払うと一人芝居的な独り言を話しながら歩くし、
平常でも妄想しながら歩くのであまり気にならない。
でも疲れてシラフでいると、
怖いほどの静寂さには気づかずにいられない。
これが都会に垣間見える孤独感なのか、
などと結局妄想の世界に入りだしてしまう。

そんな中、遠くでおそらくトラックであろう
複数のエンジン音が聞こえた。
道路工事でもしているのかと思っていると、
その音は次第に大きくなる。
音はわたしが歩くペースよりもはるか早く大きくなる。
複数のトラックは姿が見えないものの、
この狭い路地を走っているに違いない。

わたしが角を曲がるとたん、迫り来る大きな物体を見た。
当然、音から察したとおりトラックであったのだが、
奇妙なことにライトをつけずに走っている。

こんな夜中にこんな狭い路地を何故トラックは無灯火で走るのか。
わたしが端に寄り、通り過ぎるトラックの荷台を見て理解した。
積まれた新聞や雑誌の山。
古紙回収車である。

以前このブログでわたしは書いた。
行政の古紙回収に対抗した民間の古紙回収バトル。
それは夜も明け切れない早朝から始まっていたと。
だが、もっと前からすでに始まっていたのである。
早朝どころか日付変更線をも越えない深夜からなのだ。

たいていゴミを集積場に出すのは早朝である。
でも、朝が弱い人なんかは前日の夜に出すこともある。
それを狙っているのである。
元々、古紙の相場変動に関係なく、
採算性を度外視して行政が行っているものであり、
条例を勝手に古紙を回収することを禁じている自治体もある。
だから、トラックは密かに行うために無灯火だったのだ。

古紙は、二束三文と言われてた時代もあったが、
最近ではその価値が戻ったと言う。
どうやら中国で紙の需要が高まったせいらしい。

そんなことはどうでもいいとして、
1日24時間常に世界が動いているものの、
寝る前にも、寝ている時にも
外では古紙を争ってトラックが動いている。
そんな状況をいまいち受け入れたくない自分がいる。



posted by しのいち at 23:59| 東京 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月27日

ミートソースがミートしない

先日、行った墓参り。

大宮で途中下車した。
線香と花束を買うためだったのだが、
もう一つ目的があった。
飯を食うのだ。

わたしは大学を卒業し社会人になってから
2年大宮で働いてた。
仕事は信販会社の管理部門という地味にキツイ仕事だったが、
職場は夜景が綺麗な大宮ソニックシティの26階。
昼飯をいつも周辺の店でとっていた。
その頃によく行っていた店に久々に行こうと思った次第である。

まず初めに行こうと思ったのが蕎麦屋。
ここでよく頼んだ「大盛りゴマ」は、
とにかく量が多い盛りそばで、
薬味にはすりゴマ。
ここには、神田神保町生まれの上司とよく行った。
そばは一気に啜らないといけないんだ、と通の食べ方を教わった。
だが、日曜日は休業日であった。

次に行ったのは同じビルにある中華料理屋。
ここもセット物の量が堪らなかった。
ここには、よく関西出身の上司と行って、野球の話で盛り上がった。
だが、もうすでにそこには店がなかった。

第三の候補はそこからもうしばらく歩く喫茶店。
ここは、沢山のマンガ本と各種週刊誌、スポーツ新聞各紙が置いてある。
店の名前など、すっかり忘れていたが、
なんとなくの記憶で向かってみる。
すると記憶にある店が見えた。
入り口には「ひつまぶし」の立て看板。
アバウトな記憶のため、あれっ鰻屋かあ、と素通りしようとしたが、
店の中を見ると喫茶店。
もう一度立て看板を見直すと、「ひつまぶし」では「ひまつぶし」だった。
そうだ、「ひまつぶし」という店名だったのだ。

店の中に入ると、日曜の2時という半端な時間にもかかわらず、
多くの客がいる。
すべて一人客、誰一人まったく帰りそうな気配がない。
みんな黙々と読書に勤しむ。
奇妙な光景である。

確か当時この店で食べていたのはスパゲッティ。
100円増しで大盛りにできるのだが、
殺人的な大盛りで午後の業務に支障が出ていたことを思い出した。
そして普通盛りのミートソースを注文する。
待つこと10分。
Image128.jpg
なんだか少なくないか、ミートソースが。

これが10年前に食べていたミートソースかあ、
としみじみ思いながら、ソースを薄く延ばして食べていく。
やっぱり、味が薄い。
間違いなくソースが足りないなあ。
そうは言っても、この後日没までには墓に参るというミッションがあるため、
黙々と食べた。

でも後で気づいた。
舌がヒリヒリする。
結構辛かったのだ。
あまり味がしないのに辛味を残す。
なんとも注意が必要なミートソースだ。




posted by しのいち at 23:58| 東京 ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月25日

墓に参る

今年も行って来た。
「東京のおじいちゃんおばあちゃん」の墓参り。
年の瀬を感じ、そろそろ行かなくては、という思いに駆られた。

先週、わたしとも実家とも離れて暮らす弟から電話があった。
別に仲が悪いわけではないが、
互いに連絡を取り合うことはなく、
弟の職業が警察官ということから
わたしが盆正月に実家へ帰ってもなかなか会うことができない。
たいした用件ではなかったが、
まともに会話をしたのは何年ぶりのことだったろう。
弟との話の中でも「東京のおじいちゃんおばあちゃん」のことが出てきた。
それで今日行こうと決めたのだ。

95年におばあちゃんが亡くなって以降、
今年で12回目ということになる。
墓は茨城県の結城という町にある。
我が家から3時間程度のところにあるため、
過去には旅行の次いでに寄ったこともあった。
別に命日やお彼岸を選んでいくのではない。
その年の内で、よし今日行こうと思った日に行っている。
ある意味では、政治家がサプライズに靖国神社へ行くのと似ている。
おそらく正しい墓参りの仕方ではないのだろうが、
わたしにはそんなことは関係ないと思っている。
そもそも「墓参り」というよりも
「東京のおじいちゃんおばあちゃん」に会いに行っているつもりなのだ。

なぜ毎年行っているのかといえば、
風化しないように、忘れないようにするため。
人でもペットでもそうだが、
身近な存在が亡くなってしまうと悲しい。
例えができないぐらいに悲しい。
でも時間が経つに連れてその思いは薄れていき、
事実として受け入れる。
さらに時間が経つとその存在との思い出も少しずつ忘れていく。
これは仕方のないことである。
亡くなってしまった存在はその時点で時の歩みを止めてしまう訳で、
それ以上時を共有しあって思い出を増やすことができない。
一方、わたしはと言えば日々生きていると
身の回りの出来事や思い出は増え続ける。
せめてもの年に一回会いに行くことで
生前共にした思い出を思い出す機会を作っているのだ。
だから行きたい時に行く、ただそれだけである。

今年は朝9時には家を出て
昼間の内にはお墓に行こうと思った。
ここ数年、体たらくな性格が災いし、
いつもたどり着くのが夕暮れ前であった。
しかし朝起きたのは11時。
目覚ましがセットされているのも11時。
たぶん寝ぼけて目覚ましをセットしたのだろう。
今年も体たらくの性格のままだった。

道中、花束と線香、そしておじいちゃんおばあちゃんが好きだったキリンビールを買う。
なんだかんだで最寄の駅に着いたのは3時半。
日の入りが早いこの時期、結局夕暮れ前だ。

駅から歩く20分ほどの道のり。
年に一度しか見ることのない町。
でも毎年一度だけ見る町に変化を見る。
国道にバイパスができて、旧道には車を見ることはなくなった。
駅のそばに去年はあったコンビニがなくなった。
そうはいっても大きな変化はなく、
「売物件」の張り紙がされたラーメン店は今年も売り物件のままだったし、
畑から臭う鶏糞の悪臭に今年も吐き気を催した。

墓参りシーズンでもない日曜の夕方4時。
寺に着くと人影はまったくない。
うん、それでいい。
周辺にはおじいちゃんおばあちゃんの兄弟の家があるらしいが、
間柄が遠い親戚ゆえに別に付き合いがある訳ではない。
だから、その親戚の家には寄らない。
寺の住職には10年以上前、納骨の時に会った。
感じの良さそうなおじいちゃんだった。
寺の入り口にベンツとフェラーリが止っている。
それを見てからというもの、寺に挨拶をしようと思わなくなった。

墓の周りで目に付いた雑草を抜き、
簡単に掃除をする。
線香をあげた後、
お供え用のビールとわたしのビールを開けて、
一人で乾杯。
その後、独り言を話すこと30分。
思い出話と今年一年の出来事を話した。
ビール片手の独り言。
やはり周りに誰も居なくてよかった。
Image1291.jpg
当然、おじいちゃんおばあちゃんのビールは減るわけがなく、
「カラスが荒らすためお供え物はお持ち帰りください」
という看板を従い、
お墓に「もらうよ」と声をかけておじいちゃんおばあちゃんのビールも頂いた。

また20分ほどの道のりを歩き、駅に着くともう暗かった。
Image130.jpg
この墓参り、いやおじいちゃんおばあちゃんに会いに行くのは、
来年も再来年もそのまた次の年も続ける。
続けてみせるのだ。


去年も書いてたな、この話。
posted by しのいち at 23:31| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月20日

ふ〜ん

シンガーソングライターや女優として活躍中の大塚愛(25)が18日、自身のブログで「いきなりですが、めっちゃ怒ってます」とタクシーにひかれそうになったことを明らかにした。
ブログによると、青信号を渡っているところへ右折してきたタクシーがスピードを上げたまま突っ込んできて、大塚は間一髪のところで事なきを得たようだ。「ありえへん!!!!!」と怒り治まらない様子。車を蹴ってやろうかと追いかけるがタクシーはそのまま走り去り、さらに「ありえへん!!!!!!!!」と怒りをあらわにした。
そして、「前々から一部の心ない運転手さんのせいで、タクシーの運転には腹立ってました」と述べ、車のナンバーも覚えているので「次は絶対つかまえます」と最後まで腹の虫は治まらなかったようだ。
                           (アメーバニュース)


猫も杓子も書くようになったウェブログ、略してブログ。
そんなわたしも猫か杓子。
書くようになって2年半になる。

このブログというものは単に日記としてだけでなく、
ネットが普及した今では宣伝媒体としても使われている。
とりわけ芸能人が書くブログ。
なかには書籍化される場合もある。
ただ個人的には正直言って、つまらないものが多い。
これから収録です的なコメントが2、3行だけだったり、
明らかに番宣を意識したものだったり、
アクセス数を増やすために一日に何回も更新しているけれど、
まったく内容のないものだったり。

昨日、ヤフーのトップページのトピックスを見ると、
「大塚愛 タクシーにひかれそうになり激怒」
の見出しに上のニュースを読む。
これ、ブログで書かれたことが取り上げられて、ニューストピックスに。
ヤフーのネットニュースはよく読ませてもらっているが、
このチョイスってどうなんだろう。
新聞じゃあり得ない視点と言えばそうなんだけど。

基本的に芸能人ブログはあまり好きではないのだが、
これをきっかけに大塚愛のブログを読んでみると、
たまにいいことを書いている。
お勧めとまではいかないが、下手な芸能人ブログよりはいいなあと。
毒気付きそうになった気持ちが収まった。


まあ、わたしのブログも内容と言う内容なんて何もないんだけどさ。
日記なんだからね、そうカリカリしちゃいけねえな。
posted by しのいち at 23:59| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月19日

FAと西武と広島の話

ペナントレース2位の中日が日本一になった2007年プロ野球。
シーズンオフとなった訳だが、
今年はストーブリーグとも言われるシーズンオフがやけに騒がしい。
福留、新井、黒田、石井一・・・
エース級の投手や主軸バッターが
FAでチームを離れようとしている。
FAでなくても、ラミレスやクルーンなど
大物外国人選手が移籍しようとしている。

このブログでも書いたことがあるが、
わたしは西武ファンである。
松坂の抜けた穴は大きく、
シーズン前には不正なスカウト活動の発覚、
ちぐはぐな戦術と覇気を感じない多くの選手、
現場とフロントの温度差等々。
さまざまな理由でわたしが20年前にファンを始めてから
初めてBクラスに終わった。

そして、このシーズンオフは西武も例外なく荒れていて、
4番カブレラと5番和田がチームを去る可能性が高い。
カブレラと言えば、豪快なホームランが有名で、
西武ファンでなくても、野球ファンでなくても知る人の多い選手である。
和田は、日本代表にも名を連ね、
ここ5年間、3割の打率と30本近いホームランを打った選手である。
ただ、正直なところカブレラも和田も西武を去りたいのであれば、
別に良いかなと思う。

カブレラの年棒は6億円。
メジャーの比にはならないが、日本球界では最高年棒である。
.295の打率と27本のホームランを打ったが、
実際球場で観ると、カブレラは凡打の時、一塁まで走らない。
守備範囲も実に狭い。
ある新聞では、投手陣からカブレラを守備につかせないで欲しい
と要望が出たほどであると言う。

和田は元々捕手として西武に入団した。
捕手としての才能は開花しなかったものの、
打力を買われて、外野にコンバートされた。
鈴木健や松井稼がいなくなった後、
唯一コンスタンスにホームランの打てる日本人選手だった。
毎年安定した成績を残していたが、
今年はチャンスに弱く、ランナーがいると
6−4−3の併殺打がお約束だった。

当然の如く、契約更改のダウン提示は当然なのだろうが、
2人ともアップを考えている。
2人とも歳は30台半ば、わたしの32歳は置いといて、
野球選手としては峠を越している。
球団は、チームに対する貢献とこれからの期待を込めて契約する訳で、
年棒アップはあり得ない。
加えて言えば、年棒となる資金源はファンが購入したチケット代である。
ダラダラやっている選手、やる気のない選手のために
チケットを買っているのではない。
これまでの活躍には感謝するが、
他球団に行きたいのであれば、どうぞと快く送り出したい。
2人が抜けると年間9億円が浮く。
個人的には、人気もあって実績もあるヤクルト・ラミレスを獲得して欲しい。

さて、福留や新井を中心としたFA市場。
選手の獲得に動くのは金のある球団、
選手の流出を防げないのは金のない球団である。
金のある巨人、阪神は獲得に積極的である。
巨人は毎年のようにこのFA制度をフル活用する。
過去を見ると、清原、江藤、工藤、豊田、小笠原・・・。
「補強」と言うが、擦り傷に手術すると言うか、
まるで素人並みの発想で選手を採る。

ところで気になるのは選手の流出を防げない球団、
広島東洋カープである。
江藤、川口、金本・・・FAでチームを出て行った選手である。
FA宣言をしてもチームに残留することはできる。
たいていの場合、他のチームに行く可能性を秘めて宣言する訳で、
所属球団は年棒を上乗せしたり、
複数年契約などをして残留するように説得をする。
しかし、広島にはそれができない。
広島にはマツダというメインスポンサーはいるものの、
他の球団と違い球団経営そのものに県や市が介在する。
だから、資金力に乏しいのである。

今年、エースの黒田と4番の新井がFA宣言をした。
二人ともチームを出るのは必至である。
黒田はかねてよりメジャー挑戦を口にしており、
FAを行使できようになった昨年はファンの熱い声もあり、
留まったもののやはりメジャー挑戦となった。
「生涯広島」と言っていた新井は、泣きながらの記者会見を行い、
「喜んで出て行くわけではないことを理解してほしい」と、
いまいち解らないが残留しないことを決めた。

わたしが思うにFAで最大の徳を得ているのは巨人、
最大の負を背負っているのは広島である。
広島は先に言ったようにお金がない。
だから、ドラフトでも有名選手を獲得することは少ない。
無名選手を入れて、じっくり育てて、一流選手にする。
昔からそうやってきた。
入団する前からの一流選手、他球団の一流選手で構成される巨人とは違う。
そうすることで、対等に張り合うことができたのだ。
しかしFA制度が導入後、手塩にかけて育てた選手達が
より良い待遇を求めて他球団に行ってしまう。
いつしか、広島は他球団の二軍と同じ扱いになってしまうのではないかと危惧する。

広島と言う球団には派手さはないが、
他球団ファンからして憎めないものがある。
ボールボーイならぬボール犬。
ベースを投げちゃう監督。
そして、最近ではヤクルト古田監督の引退セレモニー。

これには感動した。
これをやってのける選手、ファンとフロント。
来年チーム編成がどうなるかわからないけれど、
広島にはセ・リーグ優勝して欲しい。


長々ダラダラ書いちゃったけれど、読んでもらえました?











posted by しのいち at 01:07| 東京 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月13日

あの店までもが

ミートホープ、白い恋人、船場吉兆・・・
牛じゃないものを牛と言ってみたり、
賞味期限はごまかしたり、
ブロイラーを地鶏と言ってみたり。
なんだか、滅茶苦茶なことになっている。

でも、そんな偽装疑惑がわたしの身近なところでも起こった。
週に2回以上は行く汚ねえ定食屋である。

前にもこのブログで書いたが、
汚ねえ定食屋は本当に汚い。
厨房に置き切れない食材が客席に置かれていることもある。
だから、賞味期限切れなんてことは十分あり得る。
でもまさか・・・。

食事をするテーブルの向こうには
アサヒビールのロゴが入った冷蔵ケースがある。
本来は、ビールやジュース、特にアサヒビールを入れるべきものなんだろうが、
そこには、豆腐や納豆、野菜が乱雑に入れられている。
ガラス戸のため、中身が丸見えだ。
別に見せようとした訳でもなく、隠そうとも思っていないのだろう。

わたしは食事をしながら、その冷蔵ケースをぼんやりと見ていた。
すると、あるものに気づく。
野菜に埋もれた野菜ジュース。
紙パックに入った野菜ジュースはただの野菜ジュースではなかった。
紙パックの空け口の部分に「07・11・08」の印字が。
そうだ、5日前には賞味期限が切れている野菜ジュースだったのだ。
でも、この野菜ジュース、なんだろう。
メニューには野菜ジュースなんかない。
じゃあ、なにかの隠し味に使っているのだろうか。
火を通してくれていれば平気だろう。
気にしないことにした。

それよりも今日食べた「ジャガ肉野菜煮」。
今思うと、ジャガばっかりで肉が入ってなかった。
ほんの一片の肉も入っていなかった。
「肉ジャガ」ではなくて「ジャガ肉」だから仕方ないかあ、と思っていたが、
「ジャガ肉」だって「肉」が入っていないとおかしいことに違いない。
これこそ、虚偽問題だ。





posted by しのいち at 23:48| 東京 ☀| Comment(3) | TrackBack(1) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月11日

カミナリ

わたしはカミナリが大の苦手である。

地震・カミナリ・火事・オヤジ、
このなかでどれが一番苦手なのかと訊かれたら、
迷わずカミナリを選ぶ。
地震も火事も恐ろしい。
うちのオヤジもそれなりに怖い。
たぶん、カミナリに打たれる可能性は、この4つのうちで一番低い。
それでも、カミナリは怖い。

さきほど、喫茶店から家までの帰り道、
通常15分程度の所要時間のところを
30分以上もかけて帰ってきた。
ずぶ濡れになって。


喫茶店を出ると強い雨が降っていた。
今日は一日中傘を持っていたため、
それに救われた。
バッグが濡れないように、
取っ手を手首に通して、その手で傘を持った。
狭い傘の枠から体がはみ出ない様にトボトボと歩く。

喫茶店から家までの道のりを半分ほど歩いただろうか。
カメラのフラッシュのような明かりが一面を瞬時に照らす。
それからまもなく、雷鳴が轟く。
光と音の間まで1秒ほど。
光と音の間は短ければ短いほど、カミナリは近い。

雨がカミナリを伴うにわか雨だと知った途端に、
歩幅が大きくなる。
そして、必要以上に道路の白線の内側を歩く。
まるで建物を伝うかのように。
メガネを外す。
金具にカミナリが落ちないようにするためである。

まれに落雷事故のニュースを見る。
全身やけど、心肺停止、かなりの確率で死に至る。
ただ、都市部での落雷事故はあまり聞かない。
たいていは山中の登山客、海岸の海水浴客である。
それでも、もしも落ちたら・・・を考える。
あんな閃光と轟音を持ち合わせていれば、
人っ子一人など一溜りもないと。

もはや、雨によってびしょ濡れになっていることなど、
どうでもいいぐらいに競歩で家に向かっていたが、
ピカッドーンゴロゴロ!
カミナリは先ほどよりも近い。
ドーンゴロゴロがお腹に響く。
怖くなって、とあるアパートの前で立ち止まってしまった。

家に近づくにつれて、駅からは遠くなる。
辺りを見回すと人通りがなくなった。
他の人が歩いているのだから大丈夫、
と自分を落ち着かせているのも限界だ。
目の前にある、とあるアパートで雨宿りすることにした。
正確には、すでにびしょ濡れで雨のことなど気にはなっていないので、
カミナリ除けである。

集合ポストのある共用部分に立ちすくむこと15分。
カミナリが鳴らなくなった。
雨足も落ち着いてきた。
何事も無かったかのように傘を差し、帰路に着いた。


科学の進歩が著しい今日、カミナリを何とかできないものか。
あと、小心者のわたしも。





posted by しのいち at 23:19| 東京 ☁| Comment(5) | TrackBack(0) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月09日

はがぬけた

子供の頃、乳歯が抜けると
上の歯ならば屋根に向かって、
下の歯ならば縁の下へ放り投げ、
丈夫な歯が生えてきますように、
と願ったものである。

昨日、32歳のわたしの歯が抜けた。

丈夫な歯が生えてくるように、
願いを込めて屋根に放り投げようか。
いや、そんなわけにはいかない。
10万円もかかった歯なのだから。

歯は抜けたのではなく、外れた。

わたしの外れた歯とは、前歯の差し歯である。
今から4年前、12本というあり得ない数の虫歯に襲われ、
1年をかけて歯医者に通った。
そもそも、奥歯が痛くて堪らないほどまで歯医者に行かず、
やっと歯医者に行ったときにはその奥歯は真っ二つに割れていた。
結果、奥歯を抜歯、前歯については抜歯は間逃れたものの、
原型をとどめる事ができず、差し歯にしたのだ。

差し歯にする時、医者が尋ねてきた。
「どうします?」
何をどうするんだ?と思っていると、
差し歯にもいくつかの材質があるというのだ。
材質は主に3種類あって、
保険が効いて数千円程度で抑えられるもの、
10万円程度と高いもの、
真ん中の4、5万円程度のもの。
値段を比較すれば、もちろん保険の効く数千円の歯を選ぶ。

さらに説明を求めると、
保険が効く歯はプラスチックで出来ていて、
虫歯菌が入りやすい、
10万円の歯はセラミックで出来ていて、
一生モノである、
4、5万円の歯はプラスチックとセラミックを混ぜた材質なんだけど、
実用化されて10年程度だから将来どうなるのかわからない、
という。
こんな説明をされたら、10万円のセラミックを選ぶしかない。
はなから一つしか答えのない3択である。

さて、そんな歯が抜けてしまった。
わずか1本の歯だが、抜けると影響が大きい。
まず、前歯ゆえに1本が欠けているだけで、
劇的に見た目はアホっぽくなる。
前歯ゆえに、思うように食事が摂れない。

仕事を早めに切り上げ、歯医者に向かう。
事前に電話で窮状を訴えておいたため、
着くなりすぐに診察台に通してくれた。
ただ、保険の効かない歯。
外れた理由によっては、再度作り直しなんてことも想像できる。
そんな気持ちが先立ってか、
「お金あんまり無いですけど・・・。」
と口にしながら、診察台にのる。
歯科医は苦笑いしながら、治療をすること20分。
治療が終わると、10万円の歯が元通りになっていた。

受付に戻り、歯科医に外れた理由を聞くと、
土台になっている元の歯が少し削れており、
それが外れた理由だという。
今後、差し歯に大きな負荷がかかるとまた外れる可能性はあるという。
それでも、前歯が元通りになったこと、
治療代が大したことなかったことでほっとした。

ただ、歯科医は続けてこう言った。
「隣の前歯、あれも虫歯ですよ。近いうちにまた来てください。」と。


これは何かの始まりなのか、いや終わりの始まりに違いない。

posted by しのいち at 22:31| 東京 ☁| Comment(7) | TrackBack(0) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月06日

薬を買うということ

風邪をひいた。

頼んでもいないのに風邪をひいた。
律儀に風邪をひきやがった。
その律儀さといったら、
会ったら必ず挨拶をしてくれる近所のおばあさんくらい律儀である。
その律儀さは年に2、3回は訪れる。
もちろん、要らない律儀さなので困る。

のどが痛い、鼻水が放って置くとスーっと垂れそうになる。
これは早く治さねばと思い、
薬局に行った。

薬局のカウンターの奥に並ぶ薬の数々。
パブロンやらルルやら、CMで見る薬ばかりだ。
ただ、数々ある薬のうち、どれが欲しいのかと言われるとわからない。
普通、ものを買う時、美味しいもの、安いものなど
選択するためのコンセプトがある。
薬の場合、美味しくなくてもいい、安くなくてもいい、
とにかく効くかのかどうか、ただそれ一点だけである。

薬品会社の人には申し訳ないが、
市販の薬が劇的に効いた試しがない。
CMでは、イブプロフェンや塩酸ブロムヘキシンなど、
なんだか強そうな成分が体内でウイルスと戦ってくれる。
そんなイメージ映像が頼もしい。
でも、服用したところでそんな成分が効いている
とは思えないくらいに回復しない。

こんなことばかり言ってはいられない。
薬剤師にきいた。
「何かお勧めは?」
すると、カウンターの棚でも一番目立つ高さから薬を取り出し、
「これ、あまり有名じゃない会社の薬ですけど、
うちのお勧めなんです、安いし。」
と目の前に置いた。
本当に聞いたことのない製薬会社だった。
真っ青なパッケージは確かに売れそうにないセンス。
他の風邪薬よりも安いことは安いが、
置いてあった棚をみると、「激安!」の張り紙。

「やっぱりこれでいいです。」
結局、コルゲンコーワの液状カプセルにした。
カプセルから飛び出した液が効きそうに思えたので。

あまり信用はしていない。
でも言うでしょ、病は気からと。
効いたと思えば、効いてくるんだよ。


あ〜あ、精神論で治そうとしてる。

posted by しのいち at 21:52| 東京 🌁| Comment(8) | TrackBack(0) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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