2007年03月16日

選択ばさみ

変換ミスではない。
敢えてこれだ。
でも最初に変換すると「選択ばさみ」。
まさに飼い主に似るペット。

なかなか買えない物がある。

家であったり、車であったり、
そんなものはお金が無ければもちろん買えない。
でもそんなものでなくても
ついつい買えないものがある。
そう、買いそびれてしまうもの。

わたしの場合、洗濯ばさみがそれである。

洗濯をすれば、当然洗濯物を乾かす。
心地よく晴れた日には天日の下に干す。

それに欠かせないものは物干し竿である。
もちろん我が家には物干し竿がある。

洗濯ばさみはこの洗濯物を乾かす過程で
補助的な役割を果たす。
心地よく干される洗濯物が飛ばないように。

我が家にはこの洗濯ばさみが不足している。
なぜかは知らない。
別にわざわざ考えて知ろうとする程度のことでもない。


この程度の認識が買いそびれる一因につながっている。


だが、洗濯ばさみがない影響は実のところ大きい。

大抵の場合、夜もしくは朝洗濯をする。
洗濯をし、干した後どうするか。
夜ならば布団に入り、
朝ならば外に出かける。
物干し竿にかけられた洗濯物は放置される。

そうだ、放置プレイだ。

この放置プレイは結構残酷なものである。
夕立という突如の雨によって水浸しにされたり、
春一番という突風によって物干し竿から引きずり降ろされたりする。
主がその一部始終を監視してくれることは無く、
最悪の場合、雨でぬかるんでいる地面に洗濯物が叩きつけられる。
その惨劇が仮に干されて間もなかったとしても
主に気づかれるのは半日後、下手をすると一日経ってからのこともある。

こともあろうか、主は舌打ちをしながら、
悲惨な姿となった洗濯物を取り上げ、再び洗濯機にかける。
この舌打ちは雨風に対するものなのか、
洗濯物に対するものなのか。
もし洗濯物に対するものならば、とんだとばっちりである。
洗濯物としては、むしろ主に悔いてもらいたいのが本音だ。

それにもかかわらず、主は洗濯ばさみを買いに行かない。
別にわざわざ買いに行かなくてもよい。
何かのついででいい。
年中ビールを買っているのだから、そのついででいい。
それなのに買ってこない。
そして、洗濯物は過酷な環境で我慢に我慢を重ねる。
そして主には舌打ちをされる。

もう洗濯物なんかやってられるか!

そんな窮境にやっと気づいた主、本日やっと洗濯ばさみを購入。
いつも選択肢にはなかった洗濯ばさみ。
常にあるものの選択とあるものの選択に挟まれていたのだろう。


この文章はこれまで耐えてきた洗濯物達に捧ぐ。



posted by しのいち at 01:00| 東京 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
洗濯物へのレクイエム。すてきです(笑)
洗濯ばさみ、確かに買い忘れるかもしれません。
私もそろそろ買い替えないとなぁと思いながら読んでしまいました(笑)
Posted by mine at 2007年03月16日 16:45
それってどんだけ放置プレーしてんですか!お洗濯ものかわいそすぎです!(もらい泣き中)
Posted by junko at 2007年03月17日 09:40
mineさん、どうもです。
身近の「こんなもの」でも無いと不便です。
もし身のまわりの物に命があるとしたら、
まったく無策な主、命を狙われることでしょう。
当たり前にある「こんなもの」にも
普段から気にかける必要があるみたいですよ。

junkoさん、どうもです。
洗濯物には口も無ければ、キーを叩く手も無いので、
主からもらい泣きへの感謝を言わせてもらいます。
まあ、原因は主なんだけど・・・。
確かに放置し過ぎ。
自由奔放にも度が過ぎるってヤツだね。
Posted by しのいち at 2007年03月18日 01:07
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。