2012年02月16日

ちいちいぱっぱ

実は地井武男に憧れている。
ハンチングを被り、散歩をしているちいさんに。

平日朝のワイドショーを過ぎた時間。
なんとも言い様のない狭間の時間。
仕事をしているので基本的にテレビを見ない時間。
そんな時に、ちいさんは散歩をしている。
正確には散歩している映像を流している訳だが・・・。

昨今、テレビ離れが危惧されている。
わたしも離れつつあるひとり。
番組を宣伝する番組や、
もはや驚く気も起きないお店の裏側見せます的宣伝番組、
正直観てて疲れる。
押し売り過ぎやしないかと思う。

そんななか、ちい散歩は
必要最小限の3〜4人程度のスタッフ、
ほぼ打ち合わせ皆無の状態で、
只々散歩しているだけの映像。
いい意味で画面から訴えるものがない。
見てて安心できる。
いっときは録画してまで観ていた。
もっとも番組の後半は通販コーナーであるが、別物と解している。

そんなちいさんが半月ほど前に
目が見えなくなったとかで休養との報道を見た。

知った後、気掛りだった。
目が見えないって散歩はどうするんだ。
別番組の滝口順平亡きナレーションしかり、
やっぱりちいさんじゃないとダメなんだと。

ようやく続報が伝えられたが心臓疾患とのことで、
しばらく休養は続くらしい。


テレ朝さん、
お店の裏側見せます的宣伝番組を盛り上げた責任として、
ちい散歩のような番組はやめないでね。

posted by しのいち at 01:03| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画、本、テレビのオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月09日

リフレクソロジー

駅からの帰り道、
最近まで和菓子屋さんだった跡に
足裏マッサージの店が開店した。

リフレクソロジー。

男であるからなのか。
一度だけ利用したことがある程度。
昔はなじみのない言葉だったと思う。
でもこの言葉にどうしても反応してしまう。

リフレ・クソ・ロジー。

くそ・・・。

いい歳して子供の頃のままだ。

ところで、
きっとわたしだけでないし、
今に始まったことでもないのだろうが、
なんで子供って「ウンチ」や「おしっこ」が好きなのだろう。
言葉が。

まだ言葉を発することのできないうちの息子。
わたしが発する言葉で一番笑みを浮かべるのは「ウンチちゃん」。
謎は深まるばかりだが、
なぜわたしは「ウンチちゃん」と発したか、
結局、謎をそのまま継承しようとしている。




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posted by しのいち at 23:28| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月07日

3足1000円

どれでも3足1000円。

どれでもいいのだ。

上下左右のフックに吊られた靴下。
2足までは容易に選べる。
至って無難な色と柄。
さすがは人気、フックの向こうが見えるほど。

3足目に迷いが出る。
3足とも無難なものでよいのか、
という攻めの心。
だが無難なものが3足もないから、
どれで手を打とうか、
妥協の心が大勢を占めているのが本当のところ。
だからと言って、要らないものは要らない。

どれでもいい。
ものは言い様だ。
こんな時勢にそんな甘い言葉、
霊感商法ってこんな感じか。

結局、3足1450円で買った。
妥協はやめた。
3足1000円のために靴下を買うんじゃない。
たまたま買う3足が1000円かもしれない、
ということなのだ。


書いていること自体が負け惜しみに思えてきた。
やめよっと。


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posted by しのいち at 00:12| 東京 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月05日

ケトル

ケトル。
毛取る。

止められない趣味がそこにはある。

我が家のじゅうたんに付着した毛を
取り除く一連の作業。
これがたまらなく病み付きになる。

掃除機をかけた後にガムテープを持ち出す。
10センチほどに切ったテープを
じゅうたんに貼っては剥がしてを繰り返す。
この時、特筆すべきなのは、
ただ闇雲に貼っていくのではなく、
這うように顔をじゅうたんまで近づけて、
確実に標的を定め、都度適切なテクニックを用いていること。

適切なテクニック。
それはまず標的とじゅうたんが、どの程度絡み合っているのか。
まずはそれを知ることから始まる。
じゅうたんの毛の上に載っているだけなのか、
はたまた、毛の根元まで絡み合い、
言わば癒着膠着状態なのか。

軽度であればテープを指で抑える程度の力で貼り、
素早く剥がす。
だが、癒着膠着状態の場合、
テープを貼った上から手のひらで叩く。
もちろん、テープは未使用状態であること。
そして剥がすとき、標的をちゃんと捉えているのか、
そして捉え続けているのか、
這いながら確認し、慎重にゆっくりと剥がしていく。
かつ大胆になる必要はない。

抜かれた毛はテープに捕らわれたまま、
ごみ箱付近に集められる。
ごみ箱の中ではなく、
ごみ箱付近に集めているのは、
最後に本日の成果を確認したいためである。

ところがテープによって捕らわれる毛は約8割で、
残り2割は別の方法を検討しなければならない。
ガムテープのどんな最新最善の方法でも抜けない毛。
こうなったら力と力の勝負をするしかない。
ピンセットを持ち出し、
1本ずつ抜いていくことになる。
しぶとく絡み合った毛が抜かれていく様は、
立退きを拒否し続けた上での行政代執行を感じる。

そうやって30分ほど。長いと1時間。
ごみ箱の前に集められた毛を確認し、
なんとなく満足できる量であると、
その日の作業は終えるのである。

で、この毛取り、公に趣味と言ってよいものだろうか。
posted by しのいち at 00:48| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月01日

あめちゃん

あめちゃんは関西のオバちゃん達だけのものなのか。

そんなことはない。
ここにわたしがいる。
オバちゃん達に負けじとポッケには
必ずあめちゃんをしのばせている。

駅のホームで電車を待っている間。
信号待ちをしている間。
喋り疲れてしまった時。
ため息をつきたくなってしまった時。
事あるごとにあめちゃんを登場させる。
飴玉ではなく、ちゃん付けせずにはいられないほどの親近感。
そのあめちゃんの存在といったら、
ケータイ依存度に匹敵するほどだ。

だが、そのあめちゃんの存在感が
近頃強大しつつある。

これまで、ポッケに入っているのは
コンビニに並ぶスティック飴だった。
車で移動中にトイレで寄るコンビニで
お付き合いで買う程度のもの。

それが物足りない。

外出中や会社帰り、
スーパーマーケットやおかしのまちおかに足が向いてしまう。
フックに吊るされた沢山の種類のあめちゃん達。
味で選ぶか、量で選ぶか、悩んでしまう。
それが楽しい。

だからわたしのカバンには
袋に入ったあめちゃん達が入ってる。
そしてポッケには2〜3ケのあめちゃんが入っている。
ポッケが空になればカバンから補充され、
カバンが空になれば店に足が向く。

たぶん、大震災のような事態が起きても、
あめちゃん達がいれば、少しは持ちこたえられるかもしれない。

でも痩せないな、痩せるはずないじゃないか、こんなんじゃ。






posted by しのいち at 23:53| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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