2012年01月30日

ガチャピン泣きそう















昨年夏からりんかい線で走っていた、
ガチャピンとムックのラッピング列車。
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女性専用車両かと思いきや、ガチャピン専用車両。

仕事の移動中、一度だけ乗り合わせたことがある。
最初は乗るのが少し恥ずかしかったが、
ひらけポンキッキで育った世代。
なんかうれしかった。
ガチャピン、ムックは今でもおともだちなんだな。
以後、もう一度会いたいと思ってたが
会えずじまいで今日まできた。

明日はりんかい線にも埼京線にも乗る機会はなさそうだし・・・。
「走っているのを見かけたら、バイバイって手をふってね。」
のガチャピンのコメント。
自分が36歳のいい大人で分かっているはずなのに、
本気で悲しくなっちゃった。

必ず帰ってきてね、ガチャピン、ムック。
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2012年01月29日

夢と現実の狭間

休みの日だというのに、
平日と同じ時間に起きた。
目が覚めたというよりも
家事をしている妻の手前、
一度覚めてしまった以上起きざるを得なかった。

でも無理は無理だ。
案の定、朝食後コタツに入っていると眠くなる。
コタツだと乾燥するため、
ひきっ放しの布団にもぐる。
まもなく就寝。

どれくらい経っただろうか。
眠りが浅くなってきたらしい。
でも身体はまだ動かない。
わたしのそばで子供の声がする。
そして、頭上には妻の気配がする。
妻は両手をそろりと伸ばしてきている。
早起きしたくせに飯だけ食ってまた寝てしまった、
そんなわたしをきっとくすぐろうとしているのだ。
くすぐられて目を覚ますのは嫌だ。
起きだした脳が、まだ眠っている身体を起こそうとしてみる。
起きるのが先か、くすぐられて悶絶するのが先か。

「うひゃひゃひゃ」
やられた。
くすぐられた。
途端に目が覚めた。
最悪だ。
と、思った。

目を開けると誰もいなかった。
襖を開けた、隣の部屋で妻は子供に授乳していた。
妻は言う、
「なんか変な笑い声がしたけど、夢でも見た?」
そう、夢だった。
寝ている間にくすぐられて目を覚ますという夢。
「うひゃひゃひゃ」の声だけ現実とリンクしたらしい。

夢を見ている夢。
こんな夢を見ているようでは疲れなんか取れっこない。



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2012年01月28日のつぶやき

shinoiti51 / しのはらこういち
「マクド入店禁止?対応に疑問も」 http://t.co/XVJM5tab #yjfc_morals (道徳とマナー)
電源つないで、椅子の上で胡坐かいて、ゲームで籠城してる客。そっちの方がどうかと思う。
 at 01/28 22:31

shinoiti51 / しのはらこういち
<ドコモ通信障害>スマホ急増でパンク 対応後手に(毎日新聞) - Y!ニュース http://t.co/8kHOLsCt
最初からわかってたことなのにね。
 at 01/28 21:08
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2012年01月28日

乗務員のお供

JR北海道の快速列車の男性車掌(62)が乗務中にスポーツ新聞を読んでいたことが26日、わかった。
 同社の発表によると、車掌は25日午前、札幌発小樽行きの区間快速列車(3両編成)に乗務し、銭函―朝里間、朝里―小樽築港間を運行中、後部乗務員室で新聞を読んでいた。
 乗客からの指摘を受けた同社で調査した。調査に対し、車掌は「ダルビッシュ(投手)の記事が気になった」と話している。
                                       (読売新聞)

調査の内容を推察する。
JR「おい、新聞のどの面を読んでたんだ?」
  「野球か?サッカーか?相撲、芸能面、釣り、どれなんだ?
   まさかお前、真ん中の風俗面か?」
車掌「ふつう道民として、なまら気になるっしょ、ダルビッシュ。」
といえば、許されると思ったのかな。
で、JRはなぜ読んでた記事の内容を発表したのか。
わからんけど、どうでもいいや。


ここからはわたしの思い出話。
母の証言も参考にしながら。


6歳の頃だったと思う。
わたしが住んでた田舎は、
へき地や過疎地などと言われる半日村のような地域であり、
当時車の免許を持っていなかった母は、
日用品や食料品を買出しにわたしと弟を連れ、よく電車で街まで出ていた。
身延線という無人駅ばかりの単線。
鉄道が好きだったわたしは
この買い出しが何よりも楽しみだった。

ある日、買い物が終わり帰りの電車に乗った時だった。
わたしは別の車両に一人で乗りたいと言い出した。
大人の一歩を踏み出したかったのか。
なぜそう思ったのかよく覚えていない。
母をそれをあっさり許してくれた。
自分で言うのもなんだが、小さいときはあまり手のかからない子供だった。

わたしはガラガラの車内で、4人掛けのボックスシートを独り占めにしたり、
トイレのドアを開けたり閉めたり、
車内で切符を切る車掌さんを凝視したり、
とにかくやること沢山。
これこそ好奇心と言うのだろう。
ただ、6歳児の注意力とはあまりに微々たるものだった。

窓を見ると普段母と乗っているときには
見たことのない景色が見えた。
我が家が見える。
ぼう然と見る。
そして過ぎていく。
本当は電車から我が家が見えてはいけない。
それは乗り越さないと見えないはずの位置だから。

状況を整理できないがマズイことになったことには違いない。
母を探しに車両から車両へ歩き回った。
でもどこにもいなかった。
6歳児の絶望だ。
泣いた。たぶん大声で。
ガラガラの車内だから泣き声は響いたと思う。

気付いてくれた車掌さんにヒックヒックしながら訴えた。
降りたかった駅が過ぎちゃったこと。
お母さんがいなくなっちゃったこと。
切符はお母さんが持っていること。
お金を1円も持っていないこと。
何にも持っていないのに電車を乗っててごめんなさい。
家に帰りたい。

車掌は一生懸命訴えを聞いてくれていたんだと思う。
落ち着きを取り戻し始めたわたしから、
母の名前と電話番号を聞き出していた。
ただ当時はケータイなんぞ無い時代。
4つ先の有人駅で降ろされ、
わたしの処遇は車掌さんから駅員さんに引き継がれた。

わたしは普段駅員しか入れない事務室に入ることができ、
乗り過ごした悲しさなど忘れていた。
駅から連絡をもらった母はと言えば、
当然降りてくるはずのわたしがいなかったことに、
さらわれたのか、電車から転落したのかなどと
もっと大きなスケールで心配しており、
国鉄(当時)ではなく、警察に電話しようとしていたところだったらしい。

次に来る反対方向の電車に乗せるから
母には駅まで迎えに来ていてくださいということになった。
30分ほどその駅で駅員さんと遊んでもらった。
反対方向の電車が来ると、乗せてもらった、運転室に。
電車好きにはこの上ない栄誉だが、
事情が事情だけに、送り届ける使命の下、そうなったんだと思う。
運転席の隣、補助席を下ろし、ちょこんと座っていた。
途中、運転士さんが、さきいかをくれた。
わたしはさきいかを口の中でクチャクチャしながら、
ただただ運転室からの絶景にぼけっとしていた。

日は暮れていた。
駅には母と弟、近所のおばさんも来ていた。
やっと帰れた。
いっぱい泣いた。
でも楽しかった。
30年前の車掌さん、駅員さん、運転士さんありがとう。




でも、運転士さん。
なんで運転中にさきいか持ってたの?










 
posted by しのいち at 02:03| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 鉄道のオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月25日

ピンクとももいろ

紙一重と言えども、
紙一枚を隔てたこっちと向こうは全然別だ。

会社での一コマ。

「ピンクとももいろって同じじゃないの?」
四十過ぎの先輩に声をかけられる。
「いやちがうでしょ」
何の根拠にないくせにあたかも当然のように答えたわたし。
困惑する先輩。

適当な答えに困惑させた責任として事情を聞いてみると、
顧客からはももいろの品を求められ、
メーカーからはピンク色の品しかないとのこと。
そしてメーカーはピンクとももいろをニアイコールとも認めなかったらしい。

そこで先輩とピンクとももいろの違いを検討した。
「ピンクは刺激が強くて、ももいろは淡いイメージじゃないすか」
「ピンクは蛍光色であるけど、ももいろの蛍光ペンってないですよね」
と私が言っていると、
「ももいろに比べるとピンクってエロい色だよねえ」
としみじみ先輩。
「だって、ピンク街やピンク映画って言うし、卑猥な感じじゃん。」
「ももいろはちょっと夢を感じるよね」
ピンク=エロ、ももいろ=子供向けの定義付けなるか。
もっともピンク=エロの定義には賛否あるが。
すると
「ただ、桃尻っていうけどピンクのケツと言わねえしなあ」
「・・・」
ふたたび話はやぶ入りした。

その後、ももいろとちり紙って今の若者には死語なのか?という話に移り、
ちり紙からぼっとん便所の話で盛り上がる。

なんだこの雑談、三遊亭小遊三か。


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2012年01月23日

パンはパンでも食べられない・・・

パンはパンでも食べられないパンってなあんだ?

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このパンは食べられない。
食べてはいけないし、食べたら勿体無い気がする。

うちの近所のイトーヨーカ堂。
いくつかのテナントスペースが
改装中の名目で白いボードで覆われいる。
(実のところは営業不振による閉店の跡)
そんな一角に飾られている。
こんな額が十数点。

遠くから見るとただの絵なのかとスルーしてしまうが、
これが近づいて見ると端々がパンの耳なのだ。
色の濃淡は焦げ加減。
おもしろい。
トーストアートという芸術品らしい。
そう説明書きがあった。

この改装中(次のテナント模索中)のスペース。
次に何が入るのだろう。
閉店テナントが多いこのヨーカ堂。
さして期待はしていない。
いっそうのこと、ここままトーストアートのままでいいんじゃないか。
って、そのうちかびてしまう。

あっひょっとして次はパン屋か?


どうでもいいことだが、
同じタイミングでバーガーキングが閉店した。
2年前、ロッテリアの後に出店したバーガーキング。
そのバーガーキングの後に入るのはまたしてもロッテリアらしい。
おれは騙されんぞ。
posted by しのいち at 23:58| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月22日

いたずらもどき

わたしの車は日産ノート。

自宅前には停めることができないため、
歩いて2分程のところに駐車場を借りている。
平日は鉄道で通勤しているから、
運転するのは週末のみ。
駐車場で車と対面するのも週末のみ。

なんとなくである。

DSC_0265.JPG

駐車場で我が車を見て、
直感というのだろうか、違和感を感じた。
フロントのパーツ違くないか。
日産のエンブレムの下。
こんなシルバーのパーツだっただろうか。
このパーツも本体色と同じだったはず。
誰かのいたずらか。
1週間ほったらかしであるのをいいことに。
わたしの車、目立つ色だもんなあ。
深夜はヤンキーがたむろしているのであろうか。
とにかく気が気でならない。

その後まもなく運転した訳だが、
すれ違う日産ノートを食い入る様に見る。
そこそこ一般的な車種のため、すれ違うことはすれ違うが、
こういう時に限って前の型ばかりで参考にはならない。

ただ、この不安は家に帰ってあっさり収まる。
日産のホームページで確認をした。
「百聞は一見に如かず」のたとえはちと違うが、
一見にして、ぐうの音も出ないと言ったところか。

結局、わたしは自分の車をよく知らない、覚えていないというだけのことだった。
そもそも色違いのピッタリはまるパーツを替えるなどという、
痛手を与えないいたずらってなに?
まったくもって、どうでもいい無駄な労力だった。


ちなみに車の色、ブルーターコイズチタンパールとか言うらしい。
巷で運転しているのを中高年のオバサン以外に見たことがない。

わたしのセンスが問われる。



posted by しのいち at 23:29| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月19日

トイレにて

手を洗う前にあらかじめハンカチは出しておいたほうがいい。

わたしの場合。

さもないとコートのポッケ、背広のポッケ、
ズボンのポッケまでもがずぶ濡れになってしまう。
見様によってはおしっこをまき散らしたオジサンとなる。
それでいて、ハンカチは見つからない。
捜した挙句、そういう時に限ってハンカチはカバンの中にあったりする。

もっとも、そのころには手は乾いている。


だから、あらかじめハンカチは出しておいたほうがいいという
小学1年生でわかる話を36歳会社員がする話。
posted by しのいち at 23:36| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月16日

遅まきながら

このブログを始めたのが2004年、
3年も休んでたけど。
mixiを始めたのは2005年。
それなりにネットというものについてきたつもりでいたが・・・。
それなりに若ぶっていたが・・・。

3年のブランクはやっぱり大きい。
Twitterってなんだ。
フェイスブックってなんだ。

いささか興味はあったが、
遠巻きのさらに外側からチラ見する程度でやり過ごしていた。
内側に入っていこうと思うことはあったが、
なんとなく今更感が気恥ずかしい。

でも、なんだかみんな楽しそう。
おじさん、思い切って頑張ってみようかな。
ツイートしてみようかな、誰かをフォローしてみようかな。
 →こんな使い方でいいの?
実益なんもないけど、フェイスブックで友達検索しちゃうよ。

といいつつ、実際やるには時間がかかる公算大。
しのいちおじさんを暖かい目で見守ってやってください。
posted by しのいち at 23:58| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月14日

テレビは叩いて直せ

 NHK大河ドラマ「平清盛」の初回(8日)の視聴率が歴代ワースト3位となり、舞台になった兵庫県の井戸敏三知事は10日の記者会見で、「まず画面が汚い。(視聴者が)チャンネルを回す気にならないのでは」と述べ、近くNHKに内容の改善を申し入れる方針を明らかにした。

 井戸知事は「うちのテレビの色がおかしくなったのかなと思うような画面だった。プロデューサーの意図かもしれないが、もっと華やかで生き生きとした清盛らしさを強調してほしい」と酷評。「ドラマの人気が出るか出ないかで観光も影響を受ける。タイアップしながら観光客誘致を進めたいと考えていたので、これからの展開に期待したい」と話した。

 一方、NHK広報部は「最近のテレビ映像は格段に進歩し、リアルさを追求する時代表現を目指している。清盛の成長に合わせて映像表現も変わっていくので、楽しみにしてもらいたい」とコメントした。
(毎日新聞)


このニュース、気になってたんだけど、
肝心な放送を観てなかったもので・・・。

今日、再放送を観た。
いいんじゃないか、雰囲気が出てて。
NHK広報部がいう「リアルさの追求」は納得だ。
本放送は裏番組のはじめてのおつかいに負けて、
見逃してしまったが続けて観てみようかなと思った。

で、この知事の発言。
「汚い画面」とは口が悪くも面白い。
実は、こんな発言で注目を集めようという
意図ではないのかとの見方が有力だ。

もし本気ならば、そういう演出・映像技術を理解できないのか、
本当にテレビが壊れているのだろう。
前者の場合、かなりの重症とみられ、
「七人の侍」や「ローマの休日」も
なぜカラーにしないのかと言い出すに違いない。
後者の場合は、やはりテレビの右側面を叩くのだろうか。
だが、ブラウン管テレビが消えつつある今日。
これからは液晶テレビのどこを叩けば直るのだろう。

「テレビは叩いて直せ」はもはや死語なんだな。

posted by しのいち at 23:14| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画、本、テレビのオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月13日

緊急地震速報

今さらそれがテーマ?

いやいや流行りや一過性のものではいかんのだ。

昨日の昼時、わたしは高田馬場のゴーゴーカレーで
チキンカツとロースカツが載った「復活カレー」を食べていた。
するとケータイが震え、聞いたことのない気持ち悪い音を発した。
近頃、スマートフォンに替えたばかりのわたしで、
鳴っているのを聞いたのは初めてだ。
わたしだけでなく、カウンター席の両側からも
振動音と気持ち悪い音が聞こえてくる。
もしやこれは・・・。

昨年の震災以降、テレビで緊急地震速報を何度なく聞いた。
とかく、私が住む千葉県北西部は
茨城県沖や千葉県東方沖が震源の場合、ほぼ揺れる。
騒々しくない中に不安を掻き立てる、
まさにふさわしい音だと他人事感では思える。
あれはNHKが独自で作った音らしい。

それとは違うが、ケータイからの音。
さあ、どうすればよいのか。
まだ揺れは来ない。
足元に置いたカバンを持つのか、席の背面にかけたコートを手に取るのか。
だが、チキンカツもロースカツもまだ半分以上残っている。
食券制なので食い逃げにはならないが、
このカレーは850円、まだまだ食いたい。

で、あたりを見回すと誰も動じていない。
みんな、もくもくとカレーを食べている。
依然揺れは来ない。
下の中ぐらいと自覚している小心さを曝け出すのはどうか。
結局、落ち着いたフリをしながら、完食して店を出た。

東京では緊急地震速報が流れたものの、震度2程度だったようだ。


鳴ってからできること、
周りを見回しながらカレーを食べること。
いいのかね、こんなんで。
posted by しのいち at 01:16| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月12日

いつ何時誰にやられるかわからない毎日

 大相撲初場所4日目の11日、若荒雄―把瑠都戦を裁いた三役行司の木村庄三郎(61)=本名畠山三郎、青森県出身、大島部屋=が力士をよけられずに土俵下へ転落し、頭を強く打った。
 意識はあったが、担架で国技館内の相撲診療所へ運ばれた後、検査を受けるため東京都内の病院へ搬送された。控えにいた木村玉光が代わって勝ち名乗りを上げた。
 立行司の木村庄之助は「あすは無理だろう。大事を取る」と話し、5日目は休場させる意向。
                                                                 (時事通信)

デューク東郷はいつ何時でも用意はできている。
誰にやられるかわからない毎日なのだ。

でも行司さんにそんな用意は無理だ。
機能性度外視の着物を着せられ、皆結構ご高齢ときている。
行司のおじいちゃんである。
転落の映像を見たが、見事なタックルを食らい飛ばされながら土俵外へ。
紙相撲のお相撲さんみたい。

相撲の行司になるためにはどうしたらよいのかよくわからないが、
やはり相撲経験者であったり、鍛えたほうが良いのでは・・・。
サッカーの審判の体力消耗は相当のものだし、
プロ野球の審判には経験者がいたり、
新しいボールをちゃんとピッチャーに投げられている。
もっとも、乱闘でもない限り、タックルを食らうことはそうそうないことだが。

相撲経験者・・・。
なんとなく真っ先に浮かんだのが曙、KONISHIKI。
力士の間に割って入る姿を想像。
かえって邪魔か。

やはり、行司はそのままのおじいちゃんでいい。


posted by しのいち at 00:36| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事ネタのオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月11日

もしもこんなドトールがあったら

とあるドトール。
仕事で外出中に一服しようと寄る。

店内に入り、まずは席確保で飲み物を買おうとする。
これ、セルフサービスでの常套か。
空いている店内、特に思うところもなく、
適当な席にカバンを置こうとすると、
濃紺のジャケットを着たおじさんが声をかけてくる。
「おひとり様ですか。こちらへどうぞ。」
そのおじさんは、ウエイターと言うには
濃紺のジャケット以外の身なりはラフ過ぎるし、
御待ちして居りましたの姿勢は感じられない。

おそらく、このドトールはフランチャイズ店で、
このおじさんはオーナーなんだろう。

案内されるがまま、トイレの隣、
椅子が1つ置かれテーブルには「1人用」とシールが張られた席に座る。
いささか不満ではあるが、逆らうほどのことでもない。

すると、向かいに座る私と同年代であろう男性。
おじさんから席移動を強いられている。
その男性のテーブルには「2人用」のシール、椅子は2つある。
まあ、この店のルール違反ではあるが
周りは空いているのだからといわんばかりに不満そうである。
その男性の不満は払拭できなかったのか、間もなく帰った。

おじさんはわたしの前を忙しなく動いている、店内はガラガラなのに。
コーヒーを飲みながら、本でも読もうかと思ったが、
もうおじさんの動向だけしか気にならない。

目でおじさんを追っていると、
初老のお客さんだろうか、二言三言会話すると、
おじさんはトイレを何度か往復し、都度トイレのドアをノックする。
お客さんからは
「なかなかトイレが空かないんだけれど・・」
と言われたんだろうが、
結果、おじさんは、
「誠に申し訳ございません」
と大きな声で謝りだした。
初老のお客さんは丁重に接しつつ、帰っていった。

おそらく、トイレの個室でこもっている人は
かえって出られなくなっただろう。

ずっと観察してたわたしも一段落したと判断して帰った。
決してこのおじさんは悪くない。
だって一生懸命だし、オーナーだもの。
ただ、そんじょそこいらのドトールと思って入るとちと違うからご注意を。


ドリフの「もしも威勢のいい銭湯があったら」、
これは必見のコントだと思う。
全然ドトールと関係ないけどね。




posted by しのいち at 01:13| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月08日

牛と豚の事情

 牛丼大手の松屋フーズは5日、主力商品「牛めし」の定価を16日から値下げすると発表した。並盛りはこれまでより40円安い280円で、業界最安値のライバル「すき家」と並ぶ。牛丼の値下げ競争が再燃する可能性がある。
 松屋は大盛りや特盛りもそれぞれ40円値下げし、最も安い「小盛り」は280円から230円になる。
 大手牛丼チェーンの定価は2009年12月、最大手の「すき家」が並盛りを280円に下げて口火を切った。松屋は同時期に380円から320円に下げ、10年9月には吉野家が並盛り280円の「牛鍋丼」を投入して対抗した。
 その後、3社は定価を変えず、期間限定のキャンペーンで値下げする戦略に切り替えた。松屋も昨年、並盛りを240円に下げるキャンペーンを7回実施。ただ、最近は値下げキャンペーンをしても月間の既存店売上高が前年を下回ることもあり、客を集める効果に限界が見えていた。
 このため、9日から行うキャンペーンが終わる16日午後3時から、定価の値下げに踏み切る。緑川源治社長は「普段から安くして客層を広げたい」と話す。メニューを絞ってコストを下げるため、人気商品の一つの「豚めし」は9日に廃止する。  
                                                                          (朝日新聞)

今から7〜8年前のことだっただろうか。

BSEによるアメリカからの牛肉輸入停止。
全国の牛丼屋から牛丼が消えた。
そして牛丼屋は牛丼以外のものを売り始めた。
わたしにとって、食事の選択肢から牛丼が消えることは、
考えもしなかったし、思った以上にショックだった。
それだけ、貧しかったのか、セコかった。

だから、その牛丼屋の牛丼以外のものに期待した。
だがどれも中途半端で、牛丼屋に牛丼がないのなら、
牛丼屋に行く必要はないのでは、とも思った。
そんななか、一つの光明の光が豚丼だった、わたしにとっては。
牛丼とは似て非なるものだったが、それがかえって良かったのかも。

その後、吉野家以外の牛丼屋チェーンは米国以外からの輸入肉で牛丼を再開し、
今ではほぼ、BSE問題以前の状況に戻った。
価格も当初は競争によって左右されたが、
供給面でも落ち着いてきたのだろう。
一般消費者としては喜ばしい。

ところがだ。

牛丼の完全復活の裏側で、豚丼のひっそりした引退。
なんだか物悲しい。
豚丼だってそれなりに好評を博していたし、
店としても売り上げに貢献していたはず。
やはり、どんなにがんばっても牛の主役、豚の脇役の立ち位置は変わらないのだろうか。
もとい、牛丼屋なのだから主役と脇役の関係は構わん。
せめて牛が4番打者ならば、豚にはその前後クリーンアップを打たせてもいいのでないか。

プロ野球で、スター選手が怪我をしてしまい、
戦列を離れている間、代役として急遽安い年棒で雇われた外国人選手。
知名度の無さ、荒削りの実力、言葉や環境の壁に阻まれながらも、
徐々にではありながら、活躍できるようになり、
短期間、一生懸命学んだ日本語でヒーローインタビューにも応えることができた。
日本での野球人生はこれからだ。
そう思った矢先、スター選手の戦列復帰は予想以上に早かった。
代役の外国人選手の調子は悪くない。
だが、スター選手に対する復帰後の期待は比較にならないほどだった。
外国人選手は調子が良いにもかかわらず、レギュラーから外れた。
その後、代打のみの出場になり、程なく2軍に降格。
しばらくすると「成績不振」を理由に解雇された。
何を想い、日本を去って行ったのだろう。

そんな、牛丼と豚丼の関係を勝手ながらに妄想した。
豚丼が可哀そうでならない。

昨日、松屋で「豚めし」を食べた。
食べ納めになろう。
店内を見回す。
ほかにいた客は3人だけだったが3人とも食べていたのは「豚めし」だった、おそらく。
うれしかった、勝手な妄想後だったから。

豚丼よ、あんたは単に牛丼の代役だけだったんじゃない。
豚丼のファンは確かにいたんだよ、そう伝えたかった、
わからないが誰かに。



書いてて、どうもテンションがおかしい。
豚丼以外の豚肉が食べられなくなる訳でもないし。
寝たほうがいいな。





posted by しのいち at 01:18| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事ネタのオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月05日

3年

思春期の3年間は長い。
荒れに荒れる者もいるが、人生の何かを見つける者もいる。
大病を患う3年間も長い。
余命3年をもし宣告されたとしても、そんなアバウトな宣告、
たぶんそのまま生き永らえるのでは・・・。
実家の犬は6歳から9歳になった。
中年から初老になった。

そんな3年間のブランク。
AOLブログはとっくに閉鎖されてしまったらしい。
そもそも3年ぶりに書いて、だれか読んでいるのだろうか。
まあよい、すすめる。

3年前、父が心筋梗塞で倒れた記事以来とは、随分なおはなしである。
当初、その記事の後が続かなかったため、
一部では「家庭の事情」で終えてしまったのではないか、と心配された。
だが、なんのことないはない、ただの怠慢で書かなかっただけだ。
父は若干影響を残しているものの、
相変わらず、口煩いじじいで健在だ。

いきなり再開も失礼ってものだ。
とりあえず、3年間をだいたいの時系列で、
だいだいの出来事をなんとなく書いてみる。

父が倒れた時、何気に失業中だった。
やることがなく、毎日図書館で片っ端から雑誌を読み漁っていたが、
そろそろ失業保険が切れるころ、転職した。
ある意味、ベテランの域の転職回数、特筆なし。

当時、ごみ屋敷と化していた部屋で、
ベット以外にいる場所がなく、
布団の中でビールとスナック菓子がブームに。
1年で約10キロの激太りを記録。
以降、その体型を奇しくも忠実に維持している。

10年住んだ荻窪から千葉県に引っ越す。
結婚をし、たまたま海外に親戚ができたが意思疎通が難しい。
片付けができないわたしはまるで家宅捜査かといわんばかりの段ボールを
新居に持ち込み、2年過ぎた今でも片付けができないでいる。

JR松戸駅のホームから転落する。
人様に多大なご迷惑をおかけし、
以来、外で飲む機会が激減する。
いや、誰も誘おうとしなくなった。

例の大震災が起こり、まんまと帰宅難民になった。
翌日帰宅すると、高い食器ばかりが割れ、安い食器ばかりが残った。
その後、原発から200キロ以上離れているくせに、
ホットスポットであることが判明。
わざわざ新潟で水用ポリ容器を買ったり、
しばらくマスクして外出してみたり、右往左往する。

子供が生まれた。
人生というか、軌跡というか、ちょっとまとまった感がした。



3年間を書いてみた。
さあ、これで3年間を総括し終えて、
またしのいちブログを再開するんだよ。
なんて、虫のよさでいいのかな。

いいんだよ、またどうせ無責任な更新の仕方なんだし。




posted by しのいち at 00:59| 東京 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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