会社を出て、電車に乗り、
荻窪に着いてから気づいた。
その夜、ラーメン腹だったわたしは、
とあるラーメン屋に狙いを定め、
そこのチャーシュー麺を食べて、
食後に切れたタバコを買い、一服することまで決めていたのに、
財布がないことに気づいた。
ショックではあったものの、
そう珍しいことではない、わたしの場合。
過去には幾度となくキーホルダーを忘れ、
家の前まで帰ってきているのに家に入ることができず、
近所のマンガ喫茶、健康ランドで朝まで過ごしたことがある。
物理的に800円のチャーシュー麺は諦めがついたものの、
カバンの中やズボンのポケットに手を突っ込み、
本来はあるはずがないお金を探してみる。
するとカバンからは500円玉が1枚と
ズボンからは100玉が1枚、10円玉が2枚出てきたではないか。
しめて620円。
有難さを感じる反面、自分の杜撰さを感じる。
何がともあれ、これで飯と一服ができる。
タバコは320円、
残り300円さえあれば、牛丼でも立ち食いそばでもよかろう。
まずは、すぐそばにあったタバコの自販機に足を向ける。
手に握り締めた硬貨の内、
500円玉と10円玉を取り出す。
投入金額は520円。
100円玉2枚を釣りとして頂く算段だ。
(こうした計算の上で物を購入することは
ちょっとカッコいい大人買いと思っている。
こうした買い方が一般化したのは意外に新しく、
消費税が導入された約20年前である。
導入当初税率が3%だったため、高度な計算が必要だったが、
5%になって以降、比較的計算がし易くなったものと思われる)
ところがだ。
520円投入後、ボタンを押す。
ポトンとタバコが落ちてくる。
わずかに遅れてお釣りの硬貨がチャリンと落ちてくる。
だが、このチャリンの音は鳴り止まず、
硬貨が重なって、ヂャリンヂャリンと音を変えていく。
釣り銭口を覗くと、
10円玉が次から次へと出てくること。
出てきたのは10円玉が20枚。
まあ、釣り銭が200円になるように計算した上なのだから、
当然といえば当然だが、
10円玉20枚っていうのは当然なのだろうか。
いまさらに100円玉の釣り銭切れの赤ランプを見る。
タバコを購入後、わたしの手には100円玉1枚と10円玉20枚。
300円あれば何か食べられる。
先ほどわたしはそう思った。
でもその10円玉ばかりで会計するのが躊躇われ、
結局何も食べずに、そのまま持ち帰った。
あらぬ狸の皮算用だ。


