2006年12月11日

東京のおじいちゃんおばあちゃん

もはや昨日の日記だけど・・・。

昨日、茨城の結城に行ってきた。
そろそろ行かなきゃいかんと思って。

結城には母方の祖父祖母のお墓がある。

わたしの家には、産まれた時から、
おじいちゃん、おばあちゃんはいなかった。
父方の祖父祖母はわたしが産まれる前に亡くなっていた。
だから、実質わたしのおじいちゃん、おばあちゃんは
母方の祖父祖母だった。

わたしの母の実家は東京・蒲田だった。
そして、祖父は多摩川沿いの小さなレンズ工場を営んでいた。
母の兄嫁と折り合いがあまりよくなかった祖父祖母は
よく静岡にあるわたしの田舎に来ていた。
それも1ヶ月単位でのことだった。
後になって知ったことだったが。

わたしが子供のころ
「東京のおじいちゃんおばあちゃん」が来る知らせを受けると、
弟とともにそれはそれは喜んだ。

おじいちゃんとおばあちゃんは、
鈍行列車に揺られてくる途中、
かならず横浜の駅で崎陽軒のシュウマイを買って来てくれる。
近所へのお土産分と合わせて常に10箱はあった。
味もそうだったが、ひょうたん柄の容器に入った醤油で食べるの好きだった。

それから、普段我が家ではまったく見ることのないビール瓶を
ケースごと酒屋に注文する。
(母方は飲める家系なのだが、わたしの父は一滴も飲めないため)
わたしと弟は栓抜きで、どんどんビールの栓を開けていく。
スポッと抜ける音が堪らなかった。
するとおじいちゃんは、
「そんなに飲めないよ〜」と言いながらもいつもニコニコしてた。
「もう駄目だぞ」といいながら、だっこしてくる。
アルコールの匂いとおじいちゃん特有の正露丸に似た薬の匂い。
嫌いじゃなかった。

いい時代だったあ・・・。

91年におじいちゃんが、95年にはおばあちゃんが亡くなった。
ともに80歳を越え、大往生と言えば大往生だった。
でもいくつでも、親しい人が亡くなるが悲しいのに変わりはない。
そして、風化することはあっても
新たな思い出が増えることはもうない。
だから、せめてもの記憶が風化しないように、と思って、
年に1回必ず墓参りをすることに決めている。
わたしはどちらかと言えば無宗教な人間だが、
どこかで見守っていてくれると信じている。
だから、今年一年の報告を話に行ってきたのだ。

今年ももうすぐ終わってしまう。
あいにくの雨だったが、
昨日ぐらいしか時間が作れなかった。

雨の中、無意味だと思いながら、
墓石に沢山水をかけてやった。
そして、おじいちゃんとおばあちゃんがいつも飲んでいた、
キリンビールを一緒に飲んだ。
(水受けの代わりに注いだ。ホントはいいのかわからないけど・・・)

そんなこんなで、少しばかり昔のことを思い出し、
懐かしい話をしてしまった次第。

Image025.jpg

ちなみに折角だから何か写真を撮ろうと思ったけど、
おじいちゃんおばあちゃんの墓石を写して、
心霊写真を撮るわけにもいかないので、
30分以上待ちぼうけを食らった無人駅のホーム。

感情ばかりが先行したこの記事、面白くないでしょ?
posted by しのいち at 00:20| 東京 ☁| Comment(9) | TrackBack(0) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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