2006年11月29日

895179

いったい何の数字なのか。

これはわたしが上京して
最初に住んだ部屋で使っていた電話番号である。

だからどうしたというのか・・・。

89−5179
ハチジュウキュウゴウイチナナキュウ

読み方を替える。

ハクコウイチナク

そうだ、「吐くコウイチ泣く」。
吐くこういちは泣いてしまうのだ。

当時、NTTより偶然与えれたこの番号を
どうにかして何かに活かしたかったが、
その何かがわからなかった。
そんなもの、永遠にわかるはずもないのだろうけど。


さて、所変わって電車の中。

シートに座っていたわたしの前に
学生だろうか、
両手につり革を持って立っている。
だが、その姿は立っているというよりは
つり革に支えられ、もたれている。

その若者は酔った帰りなのだろう。
なにやら異音がする。
その異音は次第に明確なものへと変わっていく。
嗚咽だ。

もたれている若者とその正面のわたし。

それは、至近距離でロックオンされた獲物の構図である。
蛇に睨まれた蛙。
まさに凹と凸の関係。
避けることに出来ない危機がそこにはある。

その若者を見ると目には涙が。
これは本物だ。
バースト寸前。
これを回避するには手段はひとつ。
逃げるしかない。

わたしは自らの領土を放棄し、席から立ち上がった。
そして、その若者は力尽きたかのように替わりに席に座った。
助かった。
これで放射を浴びることから逃れられる。

ところがこの若者。
席に座ったとたんに
嗚咽がピタリと止まった。
カバンからマンガ本を取り出し、読み始めた。

なんと芝居だったのだ。

男は女の涙には弱いが、
こんなヤツの涙に騙されてしまうとは。
騙す方が悪いが、騙される方にも責任がある。

吐くこういちは泣くが、
吐かれそうなこういちも泣きたい気分だ。
posted by しのいち at 23:53| 東京 ☁| Comment(9) | TrackBack(0) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月27日

地下鉄に乗って

封切されていい加減経つから、
ネタバレしても影響ないのかな。
いや、極力伏せておこう。

以前から気になっていたこの映画。
やっと観に行った。

今月いっぱいでたいていの映画館では
上映終了とあって、館内は人もまばら。

内容はどうだったか。

まずは鉄道好きからの視点。
まさに東京メトロ強力協力による映画だった。
昔の丸の内線、銀座線の車両のリアルさ。
駅構内での撮影は、
覚えているところで、神田、赤坂見附、永田町、御茶ノ水、新中野。
地下鉄中心に観る事も出来そうだ。

肝心なストーリー、映像はどうか。

まず、昔のシーンをリアルに再現したという点で、
ちょうど一年前に上映されていた「三丁目の夕日」と
クロスさせてしまう。
東京オリンピックの年という設定での新中野・鍋屋横丁。
冒頭のシーンでは、あまりの臨場感に
ストーリーと関係なく、当時を知らないはずの懐かしさに泣けそうになる。

ストーリーは、縁を切るほど嫌いだった父親(大沢たかお)の生きてきた時代に
無意識に息子(堤真一)、愛人(岡本綾)がトリップしてしまう訳だが、
そのトリップは現在と昔をたびたび行き来するため、
泣ける押しの一歩手前の状態が繰り返される。
そこでは正直、物足りなさを感じる。
だが、嫌いだった父親の過去に触れることで
息子がそんな父親を見直していく、
ハートウォーミングな話かと思いきや、
終盤えっ?と思える展開を見せる。
(それ以上は伏せておく)
そこで、通して展開されたストーリーにまとまりを感じた。
そして泣いてしまった。

だが、それは「三丁目の夕日」とはまったく違う類の涙だった。

原作を知らず、
強い思い込みで観ると意外にやけどする。
「三丁目の夕日」のように万人には受けないかもしれないが、
記憶に残る映画。


終始、あいまいな言い回しですいません。
私自身もあいまいな人間なので。

posted by しのいち at 00:37| 東京 🌁| Comment(8) | TrackBack(0) | 映画、本、テレビのオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

短評ダイジェスト

久々の日記になってしまった。

その理由は、
体調がよくない
仕事が忙しい
睡魔に襲われる
などなど。

しかし、一番の理由は倦怠期。
だれしもあるでしょう、そんななんとなくやる気が起きない事が。

しかし、そんなわたしをよそ目に世間は何一つ影響されることなく動いている。

そこで、最近の出来事に対して思うことをダイジェストにしてみた。


小笠原、おまえもか。
球界にはたくさんのブルータスがいる。
だか、そのブルータス達はみな痛い目に遭っている。
そこまでして欲しいのだろうか、巨人OBの称号。
そして、なぜ反省をしないか、読売フロント。
新しい血を入れるのは結構なことだが、
A型の体にB型の血液を入れたって意味がないことぐらい考えろ。
点滴する前に、自ら血を作る努力をしろ。


ところでなんのための集まりなのかタウンミーティング。
そんなに質問する人がいないのならば、
質疑応答なんてしなけりゃいいじゃん。
そう、発表会でいいと思う。
その前にやる必要あるの?
ああ、タウンミーティングって何なのか調べる興味も湧かない。


結局マスコミはさあ、報道のネタとしてしか見てないんでしょ。
別に最近だけのことじゃなくて、
いじめなんて昔からあったじゃん。
それなのに今だけ拡大して報道するものだから、
自殺志願予備軍が思い留まらなくなっちゃった。
逆に騒がなくなってごらん。
案外、それが解決策なのかもよ。
文科大臣の声明は立派だったんだけどね。
あほみたいに騒いでるマスコミなんていじめられてしまえ。


久々だから、ちょっと毒気づいてみた。

そんなわたし、先ほど大家さんにごみの分別について
注意されたことにまずは反省すべし。
posted by しのいち at 00:03| 東京 🌁| Comment(3) | TrackBack(0) | 時事ネタのオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月20日

あじわい冬生

最近、子供の頃によくテレビで見ていた
芸能人の訃報を耳にする。
(自分の歳を考えれば当たり前だが)

近頃では、クイズダービーの
「倍率2倍、さらに倍でもたった4倍」の
はらたいらが亡くなった。

そして、先日には俳優の仲谷昇が亡くなった。
とはいえ、わたしのなかでは映画・ドラマの仲谷昇ではなく、
「カノッサの屈辱」の仲谷教授だ。
わたしが高校生のころに放映されたその番組のなかで、
事実ではあるもののとことん下らない内容にアレンジされたものを
さも大学教授のように進行してゆく姿、
それこそ、俳優の仲谷昇だったのだろう。

冥福を祈る。


本題はこれとはまったく関係ないビールのハナシ。

Image015.jpg

今日、スーパーで一週間のビールと買おうとしたところ、
見慣れない缶を発見。

サントリーあじわい冬生・・・。
知らん、こんなビールが出てたなんて。

買おうとしたところ、プライスカードの端に
「入替のため、次回入荷なし」の文字。
これから冬本番なのにもう終わり?
だが、その文字には色気が感じられない。
「次回入荷がないからお早めに」というのではなく、
「売れないから生産中止だ。それ以上言うな。」
という敗北宣言にもとれる。

大手4社による激しい競争のビール業界。
勝者の数だけ敗者がいる。
だからこういうビールがあっても仕方ないのだ。


今日のおれ、何が言いたいのかまったくわからん。

posted by しのいち at 02:20| 東京 ☔| Comment(5) | TrackBack(0) | ビールのオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月17日

1%の価値

ジュースは果汁100%に限る。

そのように悟りを開いたのは、18を過ぎてからのことだった。
大人の味覚デビュー。
それは、ビールの苦味を旨味と思えたのと
ほぼ同時期のことである。

コーラやサイダーのような弾けた派手さはない。
だが、ファンタが無果汁であることを知り、
果汁風味飲料だったということにうろたえた。
一方、100%ジュースはいくつもの果実を搾った贅沢な飲み物なのである。

近頃、コンビニで買う飲み物と言えば、ビールばかりなのだが、
気になる飲み物を見つけた。

Image0141.jpg

昔懐かし「マミー」である。
別に昔から飲んでいたわけでもないが、
なぜか懐かしい。

甘ったるい乳酸菌飲料。
パッケージはまさによい子の飲み物。
大の大人がパックからガブ飲みするには少々気が引ける。

ところがこのマミーはただのマミーではない。
「冬のマミー」なのだ。

スーツ姿のわたしは、
節目がちのまま、「冬のマミー」を買う。

久々に甘ったるい乳酸菌飲料を飲む。
もちろん、ガブ飲みではない。
かわいく、ストローを通して・・・。

やっぱりマミーだった。

味からは冬らしさが伝わらない。
そもそも、マミーに冬らしさがあるのが間違いなのか。

パッケージを見る。
「冬のマミー」のとなりには「温州みかん」の字。
その下には、但し書きのような「果汁1%」。
確かに違った。
通年飲めるマミーとは1%違う。

ただ、この1%の存在感はどこに。

人生は99%の運と1%の努力だ、という人がいる。
生まれた時点で人生の大方は決まっているという。
わずかに割り当てられた枠の中で人は必死にもがく。
なんだか、切なくなる。

では、マミーの海で温州みかんはもがくことが出来たのか。
500ミリに対して、スポイトで垂らされた程度の温州みかんが。

残念ながら、その努力はわたしの舌には届かなかった。
かわいいパッケージの裏では、実に切ないストーリーが繰り広げられているのだ。

なぜ、森永乳業は温州みかんにわずか1%のチャンスしか与えなかったのか。
いや、そこには絶対意味があるはずだ。
1%でも成せることがあるから1%なのだ。
次回は、この1%の価値をかみ締めて、マミーを飲みたい。


こんな妄想を抱きながらマミーを飲む大人は他にはいないだろう。




posted by しのいち at 00:22| 東京 ☁| Comment(7) | TrackBack(0) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月14日

これはホントに失礼な動画

最近、投稿による動画サイト「You Tube」にはまっている。

見ている人も多いだろうが、
非常にレアな映像を見ることが出来て、
とても興味深い。

巷では著作権の問題、
放送コードに引っかかるような映像が簡単に投稿されてしまうなど、
倫理的に問題も多い。

伊東美咲の水着姿が大胆すぎて
お蔵入りになったというCMを
映像を見たときには、
そのCM後、ホラー映像が挿入されていた。
下手な下心ですきを見せると痛い目に遭う。

それでも、貴重な映像を見ることが出来たときには、
まさに涙モノである。

そんななかで見つけた、とても下らないテレビ映像。
意図的に作ったわけではない、
生の映像だっていうから、なお笑える。

失礼な地震速報

posted by しのいち at 23:47| 東京 ☀| Comment(5) | TrackBack(0) | 映画、本、テレビのオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月13日

単品よりもセットがお得

ポテトはいかがですか。
お飲み物はいいかがですか。

ファーストフードによくある光景。

1個のハンバーガーにいろんなものをつけて、
最後にちょっとだけ値引きするセット販売。
確かにすべてを単品で買うよりも
安いことは安いが、
抱合せ販売を感じる。
罠を感じる。

所変わって
とあるそば屋。
わたしがよく行くそのそば屋は、
立ち食いそば屋に毛の生えたようなもので、
カウンター席が6つほどの小さなお店。
案外、安くて美味いのがウリ。

今日もその店で、そばを食べた。
冷やしたぬきと卵丼のセット、400円也。

冬でも冷やしたぬき。
汁に漬かり切っていない歯ごたえのある揚げ玉と
冷水で締まったコシが好きだ。
そして、卵丼。
卵でかまぼことたまねぎがとじてある。
チープなB級グルメだが、ボリュームが堪らない。

その店は食券制で、入り口にある券売機で食券を買う。
だから、めったにお品書きを見ることはない。
今日は、普段食べる「冷やしたぬきと卵丼のセット」以外に何があるのか、
食べながら店内のお品書きを見てみた。

すると、驚愕の事実を目の当たりにする。

「冷やしたぬきそば 420円」
セットよりも安い・・・。

ちなみにセットについてくる、ミニ卵丼は240円。
つまり「冷やしたぬきと卵丼のセット」をそれぞれ単品で買うと、
420円+240円=660円。
260円のお得。
こうなれば、わたしでなくとも、迷いなくセットを選ぶだろう。

果たしてこれも罠なのか。
それとも単に店の価格設定ミスなのか。

真相がわからないので、
店の名称は伏せて、しばらく黙って通ってみよう。

posted by しのいち at 02:57| 東京 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月10日

松坂効果

帰り、コンビニに立ち寄り、
弁当とビールを買う。

レジ待ちの間、
ケータイでニュースを読む。

松坂大輔ポスティング入札締め切り。
入札額は日本円にして35億円か。

もはや、イメージの湧かない金額だ。
記事によれば、この入札額で西武球団は
経営の建て直しを図るんだとか。
松坂はそれを承知の上で、
是が非でも今オフの移籍にこだわったとも書かれている。

つけられた高い評価に驚きだが、
さりげなく恩を返す大人の姿勢にも驚きである。
まったくもってわたしでは真似の出来ないこと、
あり得ないことである。

ただ、わたしにはわたしなりの背丈で出来ることがあるはずだ。

そんなことを考えながら、
家に帰り、晩御飯にしようとした。
ビニール袋を開けながら、
あることに気づく。

弁当忘れた。

弁当を温めてもらっている最中に
帰ってきてしまったのだ。

まったく頭が悪い。
気づくのが遅すぎる自分にがっかりだ。
かと言って、片道10分の道を戻って、取りに行くのは、
面倒で恥ずかしい。

と言うことで、今日の晩飯は、
ビールと冷蔵庫にあった漬物のみ。


わたしなりの背丈で出来ることって・・・。
posted by しのいち at 01:23| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月09日

ジョッキ黒

先日、このブログで黒い発泡酒を絶賛したが
第三のビールでも黒が出た。

Image012.jpg

黒い第三のビール・・・
第三の黒いビールと言ったほうがピンと来る。

「ジョッキ生」の限定版「ジョッキ黒」。
「生」じゃないの?という手厳しい指摘もあるが、
元々生ビールではないので、
どうでもいいことである。

味はどうか。
かろうじて、黒ビールらしい香りが微かにする。
良くも悪くも飲みやすい。
黒ビール独自の甘ったるさはまったく無く、
水のようにゴクゴクいける。
だがそれは黒ビールならでは、とは違う。

第三のビールがビールテイスト飲料ならば、
黒についても「黒風味」である。

みりん風味には、みりんと違ってアルコールが入っていない。
いわしハンバーグは、どうしても魚の味だ。
それと同じく、
黒い第三のビールと黒ビールとの間には埋まらない溝を感じた。



posted by しのいち at 02:42| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | ビールのオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月08日

移すわけにはいかないテレビ

日記といいつつ、数日前のハナシ。

地デジの訪れはわたしの部屋までも襲う。

わたしが住む共同住宅にケーブルが導入された。
ケーブルを使うのは、決してテレビだけではない。
インターネットだって、電話だってそうだ。
別に地デジ対応としてではなくても、多チャンネルにはなる。
だが、大家さんがこの前、
「地デジはすごいらしいね」
と連呼していたから、その影響に間違いない。

ケーブルが導入されるにあたっては、
住人が立会いのうえ、
ケーブルを室内に入れる工事が必要だった。

しかし、ここのところ、
休みも含めて昼間家にいないわたしの部屋だけが、
この工事がされずにいた。

先の三連休。
工事業者の訪問にあわせ、在宅し、
ようやくケーブルが室内に入ることとなった。

さて、その工事の最中のこと。
工事屋さんがベランダで作業していると、
もうひとり、同じケーブルテレビの会社の人間がやってきた。
同じ会社とはいえ、
工事屋さんがグレーの作業着を着ているのに対し、
後からやってきた人間は紺のブレザーを着ている。

結局のところ、ケーブル導入の工事のついでに
ケーブル加入の勧誘なのである。

分厚いカタログに記された数多の料金プランから
ハナシが相手ペースで展開される。
だが、ほとんど固定電話を使用せず、
ADSLでも不満のないわたしにはちっとも興味が湧かない。

すると、売り文句は本業であるテレビの方へ。
「ケーブルが部屋まで来てしまえば、簡単に見られるんですよ。」
と言って、わたしのテレビを見た瞬間、
ブレザー営業マンの顔は瞬時に凍り、次には険しいものとなった。

視線の先には、今流行りの大画面テレビの逆をいく、
まるで最小サイズに挑戦しているかのようなテレビが。

ブレザー営業マンはこう言った。
「このテレビでは接続のしようがありませんね。
新しいテレビまで待ちましょう。」
敗北宣言だった。

Image013.jpg

このテレビは昔、パナソニックが試験的に発売したテレビらしい。
正面からでは分からないが、奥行きは丸っこい筒。
どういうわけだが、リモコンにはスピーカーがついている。
おまけに画面のサイズは11インチ。
パソコンのモニターよりも小さい。
90年製のそのテレビはケーブルをも
接続しがたい造りだったようである。

実はこのテレビは亡くなったじいちゃんの形見。

神など信じず、無宗教なくせして、
じいちゃんはこのテレビを通じて見守っていてくれる、と思ってしまう。
それならば、テレビの電源を落とすわけにはいかない、
と使って15年。
まだまだ健在である。
2011年の地デジへの完全移行。
楽しみよりも、このテレビとどうやって付き合っていけるのか、
悩みの方が大きいわたしである。
posted by しのいち at 00:13| 東京 ☁| Comment(7) | TrackBack(0) | 映画、本、テレビのオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月05日

攻撃的な読書

秋晴れの一日。
世間は三連休の最終日とあって
街には沢山の人が出ている。

うららかな午後、
時計を見ると3時すぎ。

わたしとしては
久々に家でご飯でも作ってみようか、
その飯を食いながら日米野球でも観ようか、
そのためには食材を買って帰ろう、
などと考えていた。

一方でかばんには、
昨日借りたばかりの本が入っていた。
「読書の秋」とは言うものの、
最近本を読んでいない。
わたしはモノを読み書きするのは、喫茶店と決めている。
ちょっとお茶しながら読書してからでも
家でゆっくりできる。
そう考えて、暫し読書することにした。

本は東野圭吾の「手紙」。
ちょうど、今映画化されている作品である。

その後読書に熱中。

時計を見る。
すでに9時を回っていた。

恐ろしいことに、喫茶店に6時間いたことになる。

もちろん、日は陰り、
近くのスーパーは9時で閉店。
無論、日米野球はもう終わっている。

吸ったたばこは15本。
コーヒーはカウンターまで買いに行かず、
近くに来た店員に頼んで2杯おかわりした。
店員の優しさに感謝、と言うべきか、
わたしの粘る図々しさを後悔するべきか。

それにしても、たばことコーヒーと読書の相関関係。
自分でも驚くべき集中力を発揮する。

しかし、その代償もあって、
外の澄んだ空気を吸った途端、吐き気がした。

さて、読書はどうだったか。
実は、約400ページあるうち、残り50ページを残して、
読むのをやめた。
それはなぜか。
好物を最後に残して食べるわたしにとって、
今日一日でこの作品を読み切るのが惜しかったから。

ということで、「手紙」の内容には触れない。
と言うよりもネタバレのコメントはお断り。


posted by しのいち at 22:48| 東京 ☀| Comment(7) | TrackBack(0) | 映画、本、テレビのオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月01日

避けて通れない道

暦は早や11月。
すっかり秋めいた。
冬の足音だって聞こえていいくらいだ。

暑い夏、
これでもか、というぐらい濃い緑をしていた木々は、
これもですか、というぐらいに葉を落としている。

秋と言えば、「食欲の秋」とも言い、
秋ならでは美味しい食べ物を挙げよ、
と言われたら、
キリがない。

秋刀魚、梨、なす、柿、栗・・・銀杏。

そう、存在そのものは地味ながら、
秋の美味である銀杏。
これができるのは、イチョウの木。

わたしが駅まで抜ける道の途中、
大きなイチョウの木がある。
紅葉を奏でる樹木のひとつ、イチョウ。
塗りたくったような黄色をしている。

だが、このイチョウはもうひとつ奏でるものがある。
それはニオイ。

ご存知、銀杏は臭い。
まるで、イチョウがうんこをしたようだ。

この時期、そのイチョウの木の前を通るが辛い。

やったことがあるだろうか、
自分のおならのニオイを嗅いだことを。
臭いけれども自分が発したもの。
許される。
だが、他人のおならには人間の嗅覚は
厳しい批評を下す。
最上級のしかめっ面になる。
このイチョウはそれと同じなのだ。

自分に甘く、人には厳しいわたし。
イチョウにも厳しい。
前を通ると、嗚咽がする。

では、息を止めて通ったらどうか。
無意味な好奇心が、
そのブロックを一時解除してしまう。

行きと帰り。
ここ最近、一日に2回、避けては通れない難関なのだ。

今の時期はそれほど寒くもなく、
過ごし易いいい時期だ。
だが、この臭い季節。
あとどれくらい続くのだろうか。



posted by しのいち at 23:55| 東京 ☀| Comment(10) | TrackBack(0) | いろんなオハナシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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